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記事全文を読む→田中角栄 日本が酔いしれた親分力(18)構想が及ぼした意外な余波
72年6月20日、ついに「日本列島改造論」が書店に並んだ。小長らも「日本列島改造論」を手にして、感慨に浸った。
「これはまさに洛陽の紙価を高める1冊となった」
なお、この本は91万部も売り上げる大ベストセラーとなった。
発売から数週間後の7月5日、自民党総裁選挙となった。何とも言えないほどのグッドタイミングでの出版であった。この本で、日本中に衝撃を与えた田中は、福田赳夫を下して総裁に選出された。
小長は、自分もまとめに加わったこの本が10年先、20年先を見通した長期的な政策を掲げたものと信じていた。が、そこに掲載された“25万人都市構想”は地名や計画が具体的に挙げられており、そのため土地投機ブームが起こり、地価が暴騰する騒ぎとなる。
野党の議員は予算委員会などで田中を責めたてた。
「あなたの本の××ページに、特定の地名が書かれている。そのため、そこの土地の値段が急激に上がった。いったい、どうしてくれるんだ!」
田中は懸命に答弁した。
小長はその様子を見ながら、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
田中は確かに、小長らに「25万都市を100ほど作る」という構想を示した。が、そこで具体的な場所は挙げなかった。そこで小長らは、論旨により迫力を持たせるため、関係者の意見を聞いた上で具体的な地名を書き込んだのである。つまり、特定された地域は田中個人が意図したものではなかった。
小長は反省した。
〈我々は補佐役として、もうちょっと気を配ればよかったな〉
小長は、「日本列島改造論」について、このように振り返る。
「日本列島改造論は、国民にある種の夢と希望を与えた。過密、過疎を解消し、東京へ、東京へ、という流れを逆流させ、日本はどこに住んでも同じなのだ、というような国を作ると高らかに宣言し、また、その処方箋を打ち出した。新しい目標のもとに働こう、頑張ってみようという、希望と目標を総理自らが国民に対して与えたということは、新しい政治手法としても評価されるのではないか。基本的な理念も、決してまちがっていなかった。ただし、石油危機にぶつかり、昭和47年から48年の金融緩和、財政拡大などが通貨の増加(過剰流動性)をもたらし、田中首相在任中に凍結せざるをえなかった。歴史の皮肉だ、という感じがする。日本列島改造論は、過剰流動性という中で引き金となり、土地投機などを活性化させ、地価の騰貴を招いていった。それは確かにマイナス面だ」
総理が国土開発についての壮大なビジョンを打ち出したことは高く評価されるべきだ、と強調する。
「アメリカの未来学者であるハーマン・カーンも官邸を訪れ、『これは大変立派な計画だ。日本が軍事大国にならずに、むしろ平和大国となるための壮大なビジョンである』と誉め言葉を口にした。もし時代状況がよければ、道路網なり、新幹線網なりの整備が急速に進み、まちがいなく地方が活性化されただろう」
地方創生の議論が激しくなっている現在、この「日本列島改造論」の思想は、見直されている。
作家:大下英治
アサ芸チョイス
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