例年、お盆が過ぎると激しいゲリラ豪雨のみならず、本格的な台風のシーズンへと突入する。帰省や旅行で幾日か自宅を空け、戻ってみると窓枠からの雨漏りや、ベランダの排水口の詰まりによる溢れ水に気付き、頭を抱える住宅トラブルが頻発する時期だ。とりわけ...
記事全文を読む→森高千里「私がオバサンになっても」(後編)(2)中森明菜への憧れと目覚め
そもそも「歌手になることを目指してこの世界に入ったわけじゃなかった」とたびたび口にしている森高だが、どんな歌手に憧れていたのだろう。
ここに1本のカセットテープがある。日付は、86年11月29日と記されているカセットは森高が師事を仰いだボイストレーナーの波多江顕亮氏のもとに残されていたものだ。
デビュー前に福岡などでレッスンを積んだ成果を見るために上京し、森高が初めてレコーディングしたという貴重な音源だ。吹き込まれた曲は中森明菜の「北ウイング」だった。「ラブ イズ ザ ミステリー、私を呼ぶの〜♪」
テレコから流れ出る歌声は今よりもやや細いが、クリスタルのように透き通る間違いなく森高独特の声音であった。
ポカリスエット・オーディションの最終審査でも同じ明菜の「十戒」を歌っているだけに、「ザ・ベストテン」世代の森高はよほど明菜に憧れていたのだろう。
また、熊本の女子高では折からのバンドブームの影響か、はたまた父・茂一氏がロカビリーバンドの歌手で、母・千鶴子さんは女優という芸能魂がうずいたのか、同じ学校の女友達と「ル・パラディ」というバンドを結成していた。
熊本には森高ファンの聖地として知られる場所が数カ所あるが、市内繁華街の上通アーケードの一角にある「大谷楽器」もその一つ。「確かに、ウチのスタジオで森高さんのバンドは練習をしていましたよ。当時はまだ高校生がバンド活動をするのは認めないところもあったんですが、森高さんの九女(九州女学院)は学内でバンドを組むことは許されていたんだと思います」(大谷楽器店員)
ドラムス担当の森高は、実家からこの楽器店の上階にあるスタジオまで自転車で通っていたのだという。
このビル最上階には「ペパーランド」というライブハウスがあった。当時、熊本随一のライブハウスとして、博多めんたいロックの雄「THE MODS」や、ガールズバンドの草分けZELDAなどもこのライブハウスで活動してきたという。残念ながら、現在はピアノリサイタル用に改修されてしまい、当時を知るすべは入り口に残された「PEPPER LAND」というプレートのみとなったが、森高らバンドメンバーは、このライブハウスの控え室でもあった練習スタジオで、当時流行していたレベッカなどのコピー曲を練習していた。やはりこの場所から森高伝説は始まっていたのだ。「まさか自分の演奏するドラムをレコーディングするとは思わなかった」
と言う森高だが、その6年後、すっかりアイドル色を脱し、それまでの総天然色だったジャケットとは歴然と違うモノトーン色アルバム「ペパーランド」をリリースする。しかも作詞のみならずみずからドラム、ギター、ベース、キーボードなどほとんどの楽器をこなす。「これから私たちのライブが始まる♪」
と、まるで高校時代に原点回帰するかのように陽気な歌声を響かせるのだ。
アサ芸チョイス
可愛さ余って憎さ百倍。いやはや、この2人のバトルは本当にすさまじかった。沢口靖子が主演したNHK連続テレビ小説「澪つくし」や、渡辺謙主演の大河ドラマ「独眼竜正宗」の脚本を手掛け、飛ぶ鳥を落とす勢いだった脚本家のジェームス三木氏。ところが19...
記事全文を読む→2024年7月に停車中のロケバス内で共演者の女性に性的暴行をしたとして、不同意性交と不同意わいせつの罪に問われたのは、元お笑いトリオ「ジャングルポケット」の斉藤慎二被告だ。その第6回公判が8月5日に東京地裁で開かれ、検察側は懲役7年を求刑。...
記事全文を読む→「青春18きっぷ」の販売枚数が落ち込んでいる。2023年度は約62万枚だったが、2024年度は約42万枚、2025年度は約24万枚と右肩下がり。およそ2年で6割減という数字は、長年の定番商品としては異例である。2024年冬に行われた利用方法...
記事全文を読む→
