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記事全文を読む→田中角栄 日本が酔いしれた親分力(23)事件後でも揺るがない姿勢
田中が76年(昭和51年)7月27日に、ロッキード事件で逮捕された後のことである。朝賀昭が自宅に帰る前、田中から朝賀の家に電話がかかってきた。
朝賀の妻が電話に出た。
「奥さん、すまんかったな。心配かけて悪かったな」
田中はそう言ったという。朝賀は、その話を聞いて思った。
〈うちに電話が来たのだから、他の秘書にも電話をかけているはず‥‥〉
朝賀の妻は、しばらく泣いていた。そんな政治家を、朝賀は見たことがない。
ロッキード事件により、田中は連日メディアに叩かれた。けれども田中は、それをユーモアでかわした。
「カラスの鳴かない日はあっても、田中角栄の悪口を書かない日は1日もない」
「新聞社の諸君は、この田中角栄で飯を食っているようなものではないか。たまには、飯の一杯もおごってみたらどうだ?」
いかにも憎めない。今の政治家は、叩かれれば憮然としたり居直ったりするが、それとはずいぶん違った。これが田中角栄なのだ。
田中角栄がロッキード事件後、北海道へゴルフに行ったことがあった。
そのことを聞きつけたメディアのカメラマンたちが、東京から北海道へ一緒に飛んできた。
そんな連中から、田中角栄を守ろうと、北海道の田中派議員・箕輪登や北村義和の秘書たちが田中の前に立ちはだかった。それを、田中角栄は制した。
「おいおい、どいてやりなさい」
それでも、秘書たちはなお、田中をガードする。
「いいから、どいてやりなさい。彼らはワシの写真を撮るために、わざわざ飛行機に乗って北海道まで来たんだ。それが仕事なんだから‥‥」
そこまで言われてしまっては、どかないわけにいかない。
田中角栄の姿が、カメラマンたちの前に現れた。
「君たちは仕事で来ているんだから‥‥。その代わり、男っぷりよく撮れよ。そうでなかったら、次から撮らせないぞ」
一斉にシャッターが押され、フラッシュが焚かれた。
フィルムに田中角栄の姿を無事に収めることができたカメラマンたちは、安堵と共に、田中角栄に親近感を持ったものである。
田中角栄は、ロッキード事件後も、なりふりかまわず派閥の膨張策をとりつづけた。84年(昭和59年)には、120人にもなる巨大派閥となった。
ある時、田中派幹部の田村元は、田中事務所をぶらりと訪ねた。江崎真澄、竹下登の姿もあった。田中は、昼間だというのにすでにオールドパーの水割りを上機嫌で飲んでいた。
いろいろな話をした後、田村は思いきって田中に諫言した。
「角さん、今日はちょっと言いたいことがあるんですが」
「なんだい、ゲンさん」
「言いにくいんですが、これ以上、あんまり派閥の膨張策はとらないほうがいいんじゃないですか」
田中の顔色が、さっと変わった。
「なぜだ」
「まあ、何といったって、あなたは刑事被告人だ。どんどん派閥を膨張させて、仮に“闇将軍”と言われても、裁判所は、悪意こそ持て好意を持つはずがない。政界で隠然たる力を持っているから判決を軽くする、なんてことはありえないと思う。だから、あまり、それはしない方がいいんじゃないですか」
田中は、鬼のような形相になった。
「何ィ!」
田中は、わなわなと怒り震える手でマドロスパイプの絵の書いてあるマッチ箱を握りしめ、それを田村に向けて投げつけた。マッチ箱は、田村の額を直撃した。そのはずみで、中身のマッチがバラバラに飛び散った。田村は、さすがに頭に血がのぼった。
〈この野郎! 無礼なことしやがって〉
田村は、マッチを1本ずつ丹念に拾い、箱に詰め、お返しとばかりに、田中の額めがけて思い切り投げつけた。マッチ箱は見事に田中の額に命中した。
田村は、興奮冷めやらぬ口調で言った。
「帰るッ!」
ドアを蹴破るような勢いで、部屋から飛び出した。
作家:大下英治
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