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記事全文を読む→死んでも「アイツ」に勝ちたかった⑧ 曙 貴乃花と繰り広げた「25勝25敗」の激闘(2)
同期巴戦で若貴に連勝した
93年7月場所、曙1敗、大関・貴乃花(当時貴ノ花)2敗、関脇・若乃花(当時若ノ花)2敗で迎えた千秋楽。曙は結びの一番で貴乃花に敗れ、曙・若・貴の同期巴戦が実現。曙は、宿敵の「若貴」に連勝して優勝した。
いろんな意味で最高潮に達するのが千秋楽の結びの一番。日本人がみんな目を留める瞬間だよね。貴乃花さんとの取組は、どれもホント、疲れたよ(笑)。
しかも、この時は巴戦で、精神的にも肉体的にも疲れた。マスコミや部屋は大騒ぎでも、やってる本人はそれどころではないんだ。
同期のライバル若貴兄弟を一気に倒した感想? 終わって「とにかく寝かしてくれ」ってだけだったよね(笑)。
15番取って精も根も尽き果ててるのに、さらに優勝決定戦で2番取るというのは、お客さんにとっては大喜びだろうよ。でも、あの頃は今と違って、13日目に優勝が決まるなんてことがほとんどなかった。だから、最後の最後まで緊張感を持ち続けるのは本当につらかったよ。
曙と貴乃花との優勝争いを振り返ると、相星決戦では1勝4敗で負け越し。優勝決定戦は、2勝1敗と曙が勝ち越している。
一発勝負には自信がありましたね。ただ、優勝決定戦に持って行くまでが大変。若貴だけじゃなくて、二子山部屋の力士が上位に固まってたからね。若貴以外の力士に負けたら、とてもじゃないけど、追いつかない。
藤島部屋と二子山部屋が合併した時は、さらにヒドかった。若貴をはじめ、安芸乃島、貴ノ浪、貴闘力、三杉里、隆三杉、浪の花、若翔洋、豊ノ海と幕内が10人もいたんだから。総当たりしてたのは、俺と魁皇ぐらいなもの。優勝の重みが違いますよ。
93年7月場所の巴戦での優勝に続き、9月、11月場所も制して3連覇を果たした曙は全盛期を迎えた。そして貴乃花が横綱に昇進する95年まで、対戦成績、通算優勝回数争いで五分五分のシーソーゲームを続け、世にいう「曙貴時代」を築き上げた。
あの頃のハワイとかアメリカ本土の相撲取りは、今のモンゴル勢とはちょっと違って、みんな18歳越えて入ってくるから体がデカくて大人だった。そのデカい外国人に、中卒で入ってきた体格的にはまだ子供の日本人が必死に食らいつくという図式でね。
94年に半年、膝をケガして休んだら、復帰した時、貴乃花さんの当たりがずいぶん激しくなっていたので驚いた。それまでパワーでは圧倒していたはずが、自分が休場していたのもあるけど、かなりウエートが増えていたのを感じたね。体が大人になったんだなと思ったよ。
貴乃花さんって19歳(5カ月)で優勝してるんだよ。未成年者だからね。未成年者が相撲の世界で優勝するなんてことは二度とないだろうね。確か、祝杯はウーロン茶かオレンジジュースだったと思いますよ(笑)
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