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記事全文を読む→テリー伊藤 対談 谷村奈南(1)
連載719 天才テリー伊藤対談「オフレコ厳禁」
──私、セクシーじゃない。初のアルバム「NANA BEST」も好評な谷村奈南がその胸の奥に秘めた葛藤を激白! 抜群のスタイルに注目が集まるのも「それだけになるのが嫌で‥‥」と告白する。「もっと歌手として成功したい」と思いの丈を語る谷村を天才テリーは全面支持!
ゲスト谷村奈南たにむら・なな 1987年、大阪府出身。07年にシングル「Again」でデビュー。08年発売の3rdシングル「JUNGLE DANCE」では日本レコード大賞優秀作品賞を受賞した。4年間の歌手生活を網羅した初のアルバム「NANA BEST」(SONIC GROOVE) と2nd写真集「WILL」(ワニブックス)がどちらも好評発売中。
どんな葛藤があったの?
テリー 先月、ついに初のアルバム「NANA BEST」が出ましたね。デビュー4年の総括という意味でもあるんでしょう?
谷村 そうですね。
テリー どうですか、4年間を振り返って。
谷村 結構長いようで、あっという間だったかなと思うんですけど、デビューが決まってからデビューするまでは凄い時間がなくて、いざデビューした時も、右も左もわからない世界で、どうしたらいいんやろうっていうか。
テリー 「いいんやろう」って、大阪弁が出るね。
谷村 はい(笑)。正直、最初は迷いだったり葛藤だったり、いろいろ。
テリー 例えば、どんなことで?
谷村 楽曲に関しても、私からするとチャレンジだったりする曲が多かったんですよ。もともとR&Bを聴いて、歌ってたので。
テリー 自分はR&Bを歌ってたのに、レコード会社が持ってくる曲が違ったという戸惑いですか。
谷村 それもありますね。デビュー曲は「Aga in」という曲で、歌謡曲に近い感じだったんですけど、私はずっと英語で歌ってきたので、日本語の歌詞プラス歌謡曲的な歌い方が難しかったなと思います。
テリー 子供の頃、お父さんの仕事の関係でハワイにいたんだよね。何年ぐらいいたんですか。
谷村 3歳から8歳ぐらいまで6年くらいです。でも、向こうに行っては帰って来てで、実質半々だったので、中途半端なんですよ。
テリー そういう時って、英語と日本語の割合はどれくらいなの?
谷村 ハワイへ行ったら日本語を忘れて、帰って来たら英語を忘れてみたいな感じなんですよ。2.3年いれば完璧に英語が入ってくると思うんですけど。
テリー 中学高校の頃はどんな音楽を聴いてたの?
谷村 いちばん聴いていたのはクリスティーナ・アギレラですね。あと、昔からマイケル・ジャクソンとか。
テリー 日本の歌はあんまり聴かなかった?
谷村 ちょこちょこは聴いてたんですけど。宇多田ヒカルさんとか久保田利伸さんとか好きですね。
テリー 将来的に音楽を仕事にしたいと思ったのはいくつぐらいだったの?
谷村 いつかステージで歌いたいなというのは、ずっとちっちゃい頃から思ってたんですけど、それは胸に秘めてたっていう感覚で中学とか高校とかはずっと勉強してました。
テリー 勉強できた?
谷村 めっちゃ勉強したんですよ。ガリ勉だったので。
テリー そうじゃないと青山学院に入れないもんな。勉強して、将来は何になろうと思ってたの?
谷村 私は法学部なんですけど、夢は国際弁護士だったんですよね。でも、法律に実際に触れてみたら、もうダメだなと思って諦めちゃったんです。
テリー 美人国際弁護士だ。モテただろうなあ。今からやれよ。
谷村 今は全然覚えてないのでダメです(笑)。
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