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記事全文を読む→伝説の引き分けの舞台裏!(1)プロ野球 元ロッテ高澤秀昭が語る「川崎球場10・19」の劇的同点弾 「阿波野のスクリューに体が勝手に反応した」
88年のパ・リーグ最終戦10・19は、多くのプロ野球ファンにとって忘れられない一日であった。優勝を目前にした、今はなき近鉄バファローズの夢を打ち砕いた元ロッテ・高澤秀昭氏(53)のホームラン秘話とは?
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近鉄が連勝すれば優勝が決まる、そんな状況の中、ダブルヘッダーの第1試合が始まった。
「ロッテは順位が決まっていて、消化試合の一つでしかなかった。でも、有藤監督にミーティングで、『西武も近鉄も優勝がかかっている。どちらにも恥ずかしくない試合をしよう』と言われ、その気持ちで臨みました」
高澤は4番センターで出場、個人的に首位打者のタイトルもかかっていた。しかし、近鉄が奇跡的な逆転勝利を収めたこの第1試合では、高澤は3打席凡退に終わってしまう。 「これ以上やっても打てる気がしなかった。打率の計算をしてくれていた首脳陣の『ちょっと代わろうか』という声に甘えました」
ゲーム途中で交代し、次戦に備えた高澤だったが、「『同点で終わるかな』と思っていた試合も、梨田さん(現・日本ハム監督)の劇的なヒットで勝ち越した。やっぱり優勝争いをしているチームの粘りは凄い、この流れで2試合目もやられるかも。そんなふうに思いましたね」
しかし、高澤が考えるほど、勝利の女神は甘くはなかった。第2戦は、1戦目にも増してシーソーゲームの様相を呈したのだ。そんな中、苦しんだ近鉄が8回表、ブライアントのホームランで1点を勝ち越す。ところが8回裏、ピッチャーは近鉄の絶対エース・阿波野、バッターは高澤。
「カウントは2−3。ストレートを右方向に打つ準備をしていたら、来たのが外へ逃げていくスクリュー。遅い球だったので待ちきれずに振ったら、体が勝手に反応してバットがうまく返った。それまで同じ球を空振りしていたのですが、たまたま前の球よりも内に高く入ってきたので、芯に当たった感覚がありましたね。引っ張るというよりも引っ掛かるという感じで、正直、打った瞬間はホームランになるなんて、まったく思わなかった」
打球はレフトスタンドにライナーで突き刺さり、同点に。川崎球場が、いや全国の野球ファンが静まり返った瞬間だ。この時の率直な心境は、
「『あ、入っちゃった』という感じ。川崎球場は当時でもかなり狭い球場でしたから。2試合目は1本ヒットが出ていたんです。首位打者のタイトル的には、かなり楽な気持ちになっていた。この試合もノーヒットだったら、ひょっとしたら結果は違っていたかもしれない。時間制限で優勝がなくなっても1イニング守備につかなければいけない近鉄の選手たちを見ながら、『どんな気持ちなんだろう』と思ったことを覚えています」
かくして球史に残る伝説の引き分けは幕を閉じた。
「近鉄がポンポンと連勝して優勝していたら、ここまで語り継がれる試合にはならなかったはず。いろんな要素が絡み合って、あの奇跡みたいな試合ができた。今となっては、それに関われて本当にラッキーだったと思いますよ」
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