菅原文太

社会

ガッツ石松のOK偉人牧場<現代のヒーロー>(3)健さんはいきなり右パンチ

現代の偉人といえば、私の子供の頃からの憧れのヒーローだった高倉健さんもいる。健さんと念願の初共演をしたのは「神戸国際ギャング」(75年、東映)っていう映画。私が25歳、現役の世界チャンピオンの時だったね。健さんがヤクザの親分で、俺がその若い…

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芸能

天才テリー伊藤対談「川地民夫」(4)菅原文太さんってお酒が入ると‥‥

テリーその後、川地さんは東映に移って、菅原文太さんと共演した「まむしの兄弟」シリーズが大ヒットしますよね。文太さんはどういう方だったんですか?川地イメージは堅いけど、実はおどけた三枚目の役を演じるのが大好きで、ほっとくとすぐその方向へ行っち…

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後世に伝えたい「ニッポンの大ヒット映画」女優!(4)「中島ゆたか・トラック野郎 御意見無用」

2年前に亡くなった菅原文太が、代表作「仁義なき戦い」よりも愛した映画がある。全10作のドル箱シリーズ「トラック野郎」がそれだ。その栄えある初代マドンナに選ばれたのが中島ゆたか(64)だった。──一部で有名な話ですが、もともと「トラック野郎 …

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がん大手術の梅宮辰夫が披露した菅原文太とのスゴすぎる逸話とは!?

十二指腸乳頭部がんを発症し、今年7月、十二指腸のすべてと胃やすい臓などの一部を切除するという大手術を受けた俳優の梅宮辰夫が、12月1日の「バラいろダンディ」(TOKYOMX)に登場した。「体重が落ちているのが悩み」と本人が語った通り少し痩せ…

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菅原文太が遺した「憂国の言葉」を一周忌で発掘公開!

晩年は長い俳優生活で培った経験から政治活動に尽力、思いの丈をぶちまけてきた。そんな素顔がうかがい知れる言葉の数々が今よみがえる。菅原文太(享年81)が世を去って1年。戦前から21世紀まで日本を見続けた男の真意とは──。〈自分はこれまでヤクザ…

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故・菅原文太やお笑い芸人が支援する“元受刑者積極採用”の歌舞伎町居酒屋とは?

出所はしたけど仕事がない──。法務省によれば、元受刑者の再犯率は過去4年間で約30%。仕事がある人間に比べて約4倍となる。そんな中、新宿・歌舞伎町の居酒屋が打ち出した奇抜な再犯防止の取り組みに注目が集まっている。のれんをくぐると、祭りばやし…

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追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(12)最後まで信念を貫いた

昭和54年には、長谷川和彦監督の「太陽を盗んだ男」(沢田研二主演)で日本アカデミー賞を受賞。名実ともに高倉健と肩を並べるまでの大スターになったといっていい文太であったが、その後の歩みは、役柄同様、健さんとはかなり違って、そこでも対照的であっ…

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追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(11)ズッコケキャラが大成功した理由

文太にすれば、任侠映画でもギャング映画でもない、キンキンとコンビを組んだトラック運転手の2人組道中記、アクションあり、涙あり、笑いありの人情喜劇で、ちょっと下品でスケベ、おっちょこちょいだが、義理人情に弱い熱血漢という、およそ今まで演じたこ…

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追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(10)“トラック野郎”初日のある出来事

菅原文太の「仁義なき戦い」と並ぶ代表作が「トラック野郎」シリーズだ。コミカルで下品な作風にもフトコロの深さを見せて熱演、大ヒットした。生前最後に同シリーズを語ったと思われる貴重なインタビュー肉声を紹介しながら、稀代の反骨役者が「後世に伝えた…

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追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(9)東映初主演のチャンスを掴むまで

菅原文太が初めて東映で主演した作品は、昭和44年2月封切りの降旗康男監督の「現代や○ざ 与太者の掟」。共演は待田京介、藤純子、若山富三郎だった。竹垣氏がこう言う。「私があとから聞いた話では、本当は待田京介主演の予定で、『恐喝の街』というタイ…

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追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(8)東映時代のギャラ事情

松竹のときに比べ、ギャラもはねあがったが、これは文太の作戦が図に当たった結果だったという。「松竹では20万だったけど、東映の担当が、『菅原さんは松竹でギャラはいくらでしたか』と言うから、これは正直に言うとダメだと思ったので、松竹の橋本さんと…

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追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(7)東映への移籍秘話

「仁義なき戦い」で大ブレイクする以前の役者修業時代から、菅原文太は反骨精神を発揮。松竹から東映に移籍する際には一計を案じてギャラの倍増にも成功した。一方、東映でかわいがられた若山富三郎との間には、映画さながらのドラマも繰り広げられていて──…

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追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(6)深作監督と結びついた「人斬り与太」

文太と深作が俳優と監督として昭和44年(1969年)7月の鶴田浩二主演の「日本暴力団 組長」で出会い、初めて主役・監督コンビで撮ったのが、昭和45年1月の「血染めの代紋」だった。が、2人にとって決定的な作品となったのは、「現代や○ざ 人斬り…

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追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(5)顔が映ることより作品のムードを重視

深作を「定型のない監督」と評した文太もまた、定型のない俳優といってよかったのではないだろうか。当時、東映本社宣伝部次長として「仁義なき戦い」の宣伝を担当した小野田啓も、宣伝ポスター用のスチールを撮る段になって、文太から言われたのは、それまで…

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