「神宮球場を壊す必要があるのか」コロッセオを思わせるアーケード、夕暮れに浮かぶ照明塔、ナイター開始前のあの匂い。記憶の中の景色を思い浮かべるたび、ふとよぎる問いではないだろうか。あの景色は、できればそのまま残しておいてほしい。そう思う人は多...
記事全文を読む→佐渡ケ嶽部屋付き「元五城楼・濱風親方」の借金踏み倒しを許さない!(1)1億3000万円の年寄株をめぐって…
熱戦が続き、連日満員御礼の垂れ幕が下りる大相撲夏場所。ところが、その熱戦に水を差しかねない「事件」が起きていた。名門部屋の親方が年寄株取得に絡んで金銭トラブルを起こし、訴訟を起こされていたのである。大金を踏み倒された「被害者」が、憤激の告発!
「五城とは15年以上、家族ぐるみのつきあいで、物心両面で応援してきたつもりだった。それがこんな形になってたいへん残念で寂しいことだが、五城の取った態度は許せない。人の道に反する行為だ」
こうブチまけて怒りをあらわにするのは、元投資会社社長の高橋淳介氏(73)。彼が「五城」と呼んだのは、元前頭五城楼、現在の濱風親方(42)である。濱風親方は89年の九州場所で初土俵を踏み、最高位は東前頭3枚目。現在は、佐渡ケ嶽部屋の部屋付き親方だ。
高橋氏と濱風親方の関係ができるのは、高橋氏が間垣親方(二代目若乃花)と知り合ったことによる。高橋氏は当時を思い出しながら、次のように語った。
「私が間垣部屋に出入りするようになって、当時幕内に入ったばかりの五城を知った。97年頃だったね。親方の口ぶりから、あまり親方から好かれていない印象を持ち、かわいそうだな、と気に留めるようになったんです」
その後、濱風親方は大胸筋の肉離れなどもあり、幕下まで番付を落とす。落ち込んでいた当時を、高橋氏はさらに振り返る。
「6場所かかって十両に戻ってきたのに負け越した、02年の初場所だった。千秋楽の打ち上げパーティでも人前に出ようとしない。パーティ後にカラオケに連れて行き、『来場所(大阪場所)、頑張って上がってきたら、ご祝儀をやるから』などと言って元気づけた」
その大阪場所途中、指の骨折が判明しながら7戦全勝で幕下優勝を飾り、翌場所に十両復帰。高橋氏は約束のご祝儀を渡した。
そして十両2場所で再入幕を果たすと、高橋氏は(濱風親方の)郷里である仙台で、幕内復帰パーティも開催した。
ようやく幕内に復帰した濱風親方だったが、今度は膝を痛めて05年名古屋場所には再度、幕下に転落。そして同年九州場所の5日目、引退届を提出したのだった。引退後は準年寄の五城楼を襲名して、間垣部屋の部屋付き親方となった。
「医者から再起不能だと言われた、と五城から電話があったんですよ」(高橋氏)
この引退で、高橋氏との絆はいっそう強くなる。
「五城は一世を風靡した力士でもないし、蓄えもなかったので、必然的に将来の話をすることになった」(高橋氏)
この頃、同部屋だった(当時の)濱風親方(元小結三杉里)が年寄株を売る、という話が出た。金額は1億2000万円~1億3000万円だった。高橋氏が続けて説明する。
「高いなぁとは思ったが、この年寄株を入手する方法の検討に入った。結果、入手することになったんだが、このことがのちの大問題のもとになった‥‥」
アサ芸チョイス
11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...
記事全文を読む→バナナマンの日村勇紀が当面の間休養に専念すると、所属事務所ホリプロコムの公式サイトで発表した。今年に入ってから体調を崩すことが多く、医療機関を受診した結果、休養が必要との判断に至ったのだという。「心身の回復を第一に、コンディションを整えなが...
記事全文を読む→ゴールデンウィークが明けても再起の見通しが立たず、長すぎる空白期間を過ごしているのは、左内腹斜筋肉離れでリハビリ中のヤクルト・山田哲人内野手である。沖縄・浦添キャンプのシートノック中に脇腹の張りを訴え、戦線離脱。5月になっても打撃のひねり動...
記事全文を読む→

