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記事全文を読む→モンゴル力士「疑惑の互助会」が相撲界を蝕んでいる(1)朝青龍から白鵬へと「継承」
九州場所が閉幕しても、日馬富士の「暴行事件」はその余波を広げ続けている。相撲界を激震させた大騒動には、モンゴル力士による「互助会」なる存在が大きく関与していた。厳しい掟のもと、和を乱す者には容赦ない制裁が加えられる。相撲界を跋扈する「疑惑の同胞組織」の実態とは──。
日がたつにつれ続々と「新証言」が飛び出し、事実が明らかになっていく。横綱・日馬富士(33)が平幕の貴ノ岩(27)を暴行した事件は収まる気配を見せるどころか、ますます大ゴトへと発展している。
「モンゴル互助会」──。これは相撲界に隠然とささやかれる、モンゴル出身力士による親睦組織のことである。今回のモンゴル力士同士の暴力事件は、この互助会の存在抜きには、語ることができないのだ。
「92年に旭鷲山、旭天鵬、旭天山ら6人の力士が、モンゴルで行われた新弟子検査に合格する形で、初めて日本の相撲界にやって来ました」
モンゴル力士が日本の相撲界に根づくきっかけをこう解説するのは、ベテラン相撲記者である。
「それまで大相撲の外国人力士といえば、小錦や曙らハワイ勢が幅を利かせていましたが、小柄でもモンゴル相撲の下地があって下半身がしっかりしたモンゴル勢は強くなる要素があった。その後も朝青龍や日馬富士、白鵬(32)が登場し、現在に至るまでのモンゴル人力士の系譜ができました。彼らは衣食住全ての面で文化や価値観が日本とは違う。ましてや、同時に異国の地にやって来た6人は結束も固く、互いを励まし合うようによく飲み会、懇親会を開いていた。これが『モンゴル互助会』のスタートです。早くに出世した旭鷲山、旭天鵬の代わりに旭天山が他の部屋の同胞力士に声をかけ、コミュニティーが築かれていきました」
当時のモンゴルは社会主義から生まれ変わったばかりで、6人の力士も貧しかった。その中で、彼らは着々と勢力を拡大していく。有望力士をスカウトしようと、親方衆も次々とモンゴルを訪れた。
外国人力士が増えすぎたこともあり、朝青龍が初土俵から最速で横綱昇進する直前の02年、「各部屋に入門できる外国人は1人だけ」というルールも誕生した。角界関係者によれば、
「今は、モンゴル人の新弟子が入門するには、空きが出るのを待たなければいけない状況です。モンゴル国内ではその順番待ちをする若い力士予備軍を、組織的に大量に抱えているとも言われます。待機組は一定の年齢に達すると『縁がなかった』と諦め、代わりに若い力士を加える、という話も聞いていますね」
モンゴル互助会は、10年に暴力事件を起こすまで、朝青龍がトップに君臨。強制引退させられたあと、その座は白鵬へと移る。
「互助会は基本的にモンゴル人同士のものです。しかし、モンゴル人以外の力士も関わりを持つことがある。いい例は、巡業や稽古総見の際、白鵬が現れると全員が水をつけに行くことです。これ自体、白鵬に恭順の意を示していることの表れであり、事実、白鵬はモンゴルだけでなく、日本人力士をも仕切っていると言っていい。大関時代の稀勢の里だけは、水をつけに行くことはありませんでしたが」(前出・ベテラン相撲記者)
白鵬が相撲界を半ば「支配」している構図をかいま見る一コマである。
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