青森から帰宅したのは翌10月20日18時頃。電話でゆっちゃんからジュテの様子を聞いていたが、自分の目で確かめないと安心できない。帰るとジュテはウロウロしながらご飯の皿の前にいたのだが、食べたそうにしながらも食べようとしない。だがその後、シャ...
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10月17日。この頃からいつも以上にジュテを見守るため、時間があると様子を確認していた。朝6時、ベッドで静かにしていたジュテを抱えて1階に降りたら、夜中に用意しておいた、焼いたカツオとマグロが減っていた。カリカリを目の前に出したら、ゆっくり...
記事全文を読む→籖(くじ)引きで室町幕府第6代将軍になった足利義教は、元僧侶らしからぬ「究極のパワハラ」男だった。室町幕府将軍15人の名前を羅列するのは難しい。せいぜい初代・足利尊氏、金閣寺を作った3代・義満、銀閣寺を建てた8代・義政、そして最後の将軍・義...
記事全文を読む→残暑が厳しい日が続き、昼間は外出を控えてしまう人も多いが、そんな人は「ビタミンD」の不足に注意が必要だ。「ビタミンD」は、脂溶性のビタミンで、腸管からのカルシウムの吸収を助けたり、骨の成長促進や血中のカルシウム濃度を調節する役割がある。不足...
記事全文を読む→この頃の弟猫たちの様子についても、書いておこうと思う。ガトーがやって来たのは6年前、この家に移った直後のことだ。知人のMさんに相談したら、翌週には熱海から保護猫を届けてくれた。そして、お試し期間の後に、我が家の2匹目の猫になった。名前はガト...
記事全文を読む→ウクライナ難民の愛犬を特例措置で入国させる水際対策に、疑問の声が上がり続けている。通常、海外から入る犬や猫は狂犬病予防法に基づき、動物検疫所で最長180日間の隔離が必要とされるが、4月以降、特例措置として検疫所外でも飼えるようになっている。...
記事全文を読む→生まれながらの将軍と言われた、徳川幕府第3代将軍・家光と「裸の付き合い」をしていた大名がいる。讃岐高松藩の初代藩主・松平頼重だ(写真=高松藩下屋敷跡地は東京・白金台の自然教育園になっている)。若い頃は男色家だったされる家光だが、頼重との付き...
記事全文を読む→俗に「江戸っ子」という言葉がある。「江戸っ子」の概念は「三代続いて江戸生まれでなければならない」だと言われている。それには当てはまらないものの、後に「江戸っ子」の代表格とされた人物がいる。幕末から明治にかけての有名人のひとり、榎本武揚である...
記事全文を読む→この頃、ゆっちゃんと話していたことを書いてみる。朝晩の冷え込みが気になって、猫用の電気座布団は「強」のままにしてある。ジュテも弟猫たちも温まっている時間が増えたが、休んでいるジュテを見て気になったのは、あれほど毛づやがよかったのに、毛羽だち...
記事全文を読む→病院から戻って、酸素室の業者に電話してみようかと思ったが、気が重い。酸素室に入るようになったら、いよいよということだろうし、ジュテはまだそこまでいっていないと思いたい気持ちもある。食欲は落ちていなかった。夕方、スーパーで買ってきたカツオ、カ...
記事全文を読む→10月11日。動物病院を12時に予約し、ジュテをキャリーバッグに入れて出かけ、背中から補液だけを入れてもらった。体重を計ったら、3.7キロ。2日間で140グラムも減ってしまった。ジュテを診てくれているK先生の表情も暗い。「ジュテちゃん、頑張...
記事全文を読む→源頼朝や徳川家康は、征夷大将軍という役職で知られている。元々は、東北地方の蝦夷を討伐するために臨時に置かれたもので、初めて任命されたのは奈良末期の大伴弟麻呂だ。源頼朝が征夷大将軍を名乗った以降若干の空白期間はあったが、この役職は675年間に...
記事全文を読む→ジュテの目の前に、犬型ロボットAIBOの付属品でついてきたピンクのボールを置いたら、ジッと見てから、前足でツンツンという感じで突いている。このボールで一緒にAIBOのTPOZ(ティポ)とサッカーをやって遊んだ記憶は蘇るだろうか。いや、やはり...
記事全文を読む→内藤如安(じょあん)忠俊というキリシタン武将をご存じだろうか。如安は洗礼名ジョアンを音訳したもので、内藤飛騨守とも称される人物である。織田信長に反旗を翻し、希代の茶道具・平蜘蛛とともに爆死したことで知られる、松永久秀の甥として生まれた。父の...
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