大会初日に北神奈川代表として登場し、初戦突破を果たした慶応。夏の選手権の第2回大会優勝校でもあるが、当時は東京代表だった。そしてこの時の優勝以降、東京代表は夏の選手権の優勝から遠ざかり、60年後の1976年第58回大会で東京に2度目の優勝を...
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不祥事続きの巨人は7月17日付で老川祥一前オーナーが引責辞任。翌日付で読売新聞グループ本社代表取締役社長の山口寿一氏が新オーナーに就任した。「近年は正直、読売新聞に入社して出世していった人間にとって、巨人に行かされることは苦痛でした。行った...
記事全文を読む→甲子園の優勝投手がその後に母校を率いて甲子園に出場し、優勝監督になる。これは、これまでの夏の選手権史上たった一例しかない偉業である。そんな偉業を達成した人物とは、千葉の古豪・習志野で活躍した石井好博だ。1967年第49回大会にエース・石井を...
記事全文を読む→夏、真っ盛り。8月12日は新潟で関屋記念、札幌ではエルムS、そして8月19日には札幌記念がメインとして行われる。まずは関屋記念。顔ぶれが多彩で見応えがあり、馬券的にもおもしろそうだ。暑さに強く、新潟を得意としている昨年の2着馬ウインガニオン...
記事全文を読む→「好きな人」であることはわかるが、世間の認識とはやはり温度差があるようだ。カブスのダルビッシュ有が、8月1日に自身のブログを更新。2016年に法律違反の薬物についての取締法違反で有罪判決を受けた元プロ野球選手の清原和博氏の復帰を後押しするよ...
記事全文を読む→大会4日目の第4試合に徳島県勢の鳴門が登場する。四国のチームには野球が盛んで強いというイメージがあるが、実は徳島県のチームは今まで夏の選手権で1度しか優勝したことがない。その1度が1982年の第64回大会。攻撃的な野球スタイルから“攻めダル...
記事全文を読む→阪神・藤浪晋太郎が二軍に逆戻りしたのは、7月27日だった。前日の広島戦ではアウトカウント1つを取っただけ、打者7人に4四球、2適時打と大炎上してしまった。「練習もしっかりやっていたし、復調は当分、無理かも」(在阪記者)「気持ちは折れていない...
記事全文を読む→1915年に第1回の夏の選手権が開催されて以降、四国勢として初めて夏の甲子園で優勝を飾ったのが25年第11回大会の高松商(香川)である。同年春に開催された第2回春の選抜では同じ四国勢の松山商(愛媛)の前に決勝戦で2‐3と惜敗。準優勝に泣いた...
記事全文を読む→今年は惜しくも県大会で敗退してしまったが、静岡県勢唯一の夏の甲子園優勝を成し遂げたのは“静高”こと静岡高校である。1926年の第12回大会。まだ旧制・静岡中時代の話である。戦前のこの時期、静岡中の強さは際立っていた。24年に初めて聖地を踏む...
記事全文を読む→大会3日目の第3試合で近大付(南大阪)と対戦する前橋育英。今年は同校史上2度目となる夏の選手権制覇を狙っての甲子園出場となる。その最初の栄冠に輝いたのは今から5年前の2013年第95回大会。その時、歓喜の輪の中心にいたのが2年生ながらチーム...
記事全文を読む→戦前に開催された夏の選手権で生まれた最後のヒーローは、今や甲子園史上の伝説となっている大投手でもある。1939年第25回大会。優勝校となったのがその伝説の大投手・嶋清一を擁する海草中(現・向陽=和歌山)であった。旧制中学1年だった35年の夏...
記事全文を読む→今年で夏の甲子園は記念すべき100回目を迎える。そこで全国の高校野球ファンを震わせた歴代のレジェンドチームを地区別に選出。地元に深紅の大優勝旗をもたらした高校は今も伝説となって語り継がれている。「初めて甲子園出場がかなったのが3年の春の選抜...
記事全文を読む→過去に夏の甲子園決勝で満塁本塁打は3本飛び出しているが、その第1号を放ったチームが大会3日目の第1試合に登場する佐賀商である。この満塁本塁打は同時に佐賀県勢に、春夏通じて史上初めての甲子園優勝をもたらす記念碑弾となった。1994年第76回大...
記事全文を読む→日本ボクシング連盟が助成金の流用や試合の判定などで不正を行っているとして、日本オリンピック委員会(JOC)、日本スポーツ協会などに告発状が出された。この問題を受け、同連盟の山根明会長が各テレビ局の取材に応じているが、2012年ロンドン五輪男...
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