政治

歴代総理の胆力「近衛文麿」(1)総理就任時の期待度は高かったが…

 昭和7(1932)年の「五・一五事件」で暗殺された前回の犬養毅までが、原敬から数えて約14年間の戦前のわが国の政党内閣の時代であった。その後、キャリア外交官一人をはさんで三人の陸海軍出身の総理大臣が登場したが、強まる軍部の圧力、ファシズムの台頭の中で、いずれも政権は短期で崩壊を余儀なくされている。

 犬養のあと「挙国一致内閣」として担ぎ出されたのは、海軍出身の斎藤実(まこと)だった。頭脳明晰、性格は豪胆、リベラル色はやや強かったがバランスの取れた国会答弁などから、昭和天皇の信任を得た。しかし、野党や軍部のリベラル色への攻撃は止まず、斎藤内閣の閣僚に「仕組まれた事件」ともされた贈収賄容疑が発生、これを機として内閣総辞職を余儀なくされたのだった。退陣後は後継の岡田啓介内閣で内相に起用されたが、在任中の昭和11(1936)年の「二・二六事件」で陸軍の決起部隊に暗殺されている。

 次の岡田啓介は、「タヌキ」の異名を持つ斎藤同様のしたたかな海軍出身だった。「清廉な常識人」と呼ばれ、調整能力は高かったが、軍縮条約脱退や満州周辺への進出を容認、美濃部達吉の「天皇機関説」を攻撃するなど軍部とのバランスを図ったが、「二・二六事件」では標的とされた。しかし、九死に一生で難を免れ、その後は、終始、戦争回避に尽力し続けた。太平洋戦争開戦後も、なお東条英機総理と対峙、終戦工作に奔走した。

 その岡田のあとの総理は、キャリア外交官だった広田弘毅である。「二・二六事件」の政治的混乱の中で登場したが、粘り強い交渉力で政権運営に臨んだが、「軍部大臣現役武官制」の復活、米国とソ連(現・ロシア)を仮想敵国とする「帝国国防方針」、“第2の満州国”を目指したとされる「第2次北支処理要綱」、「日独伊防共協定締結」などを推進した。その後の戦争突入への原因となった政権時の政策を問われ、戦後の東京裁判でA級戦犯とされ、唯一の「文官」として死刑になった。政権は、終始、陸軍の強い干渉を受け、11カ月という短命に終わっている。

 広田のあとは陸軍出身の林銑十郎(せんじゅうろう)が登場した。人柄は温厚で評判は悪くなかったが、決断、実行には時間がかかり、これは不評であった。そうした中で、満州事変で関東軍の求めに応じ、独断で朝鮮軍の一部に国境を越えさせて、関東軍支援をしたとし、「越境将軍」と言われた。独断の越境は天皇の奉勅命令がない中での出兵ということになり、「統帥権干犯(とうすいけんかんぱん)」という危機にも立った。在任わずか4カ月の短命で、名前をもじり「なにもせんじゅうろう内閣」との“異名”も残している。

 こうした経緯をたどる中、「二・二六事件」のあと、元老・西園寺公望(きんもち)の奏薦で組閣大命が下ったのが近衛文麿であった。時に、昭和12(1937)年6月、「五摂家」筆頭近衛家の若殿でもある近衛は、45歳の若さであった。一高、東大から京大へ転じた秀才コースを歩み、貴公子然とした風貌と相まって、国民、大衆から歓呼の声で迎えられたものであった。当時の評論家・歴史学者として名の高かった徳富蘇峰をして、「積雲はれ来りて、時天白日を望む心地」とまで言わせ、期待の度合いもまた大きかった。

 しかし、この期待はものの見事に裏切られ、結果的には日本を大戦の泥沼に引きずり込んでしまった。都合3度の内閣は、持ち前の性格の弱さからズルズルと軍部に押され続けることに終始した。ついには、戦後、GHQ(連合国軍総司令部)からA級戦犯として逮捕状が出されたことから、青酸カリによる服毒自殺で人生の幕を閉じてしまったのだった。

■近衛文麿の略歴

明治24(1891)年10月12日、飯田橋生まれ。京都帝国大学在学中に世襲で貴族院議員。貴族院議長、訪米してフーバー、ルーズベルトの前・現大統領らと会見。大政翼賛会総裁をはさみ内閣組織。総理就任時、45歳。昭和20(1945)年12月16日、毒物により自殺。享年54。

総理大臣歴:第34代1937年6月4日~1939年1月5日、第38・39代1940年7月22日~1941年10月18日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

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