政治
Posted on 2020年01月23日 09:55

歴代総理の胆力「池田勇人」(4)聖火が消えるのを待って去る

2020年01月23日 09:55

 酒豪、ヘビー・スモーカーだった池田に喉の異変があり、これがやがて癌と診断され、政権の激務に耐えられないところに至ったからだった。

 酒もタバコも旧制高校時代からで、例えば酒は総理になった頃が“ピーク”だった。まずビールをグラス2杯、次いで郷里・広島の銘酒「賀茂鶴」を2、3合、さらにウイスキーのハイボールを2、3杯空けた後、ブランデーで〆るというものだった。

 これがほぼ毎日で、酔えば持ち前のガラガラ声で、周囲に♪花もォ、嵐もォ、踏み越えてェ~と「愛染かつら」を聞かせるのが“定番”だった。時に、自ら歌詞の情感に涙するなどの、義理人情に弱い男でもあった。そんな人柄も、周囲から愛され、人が集まった要因であった。

 退陣の「首相談話」は、昭和39(1964)年10月24日の東京五輪の閉会日の翌25日に設定、発表された。これは、側近の大平正芳による「聖火の消えるのを待って政権も去る」というドラマチックな演出ということであった。

 退陣後、国立がんセンターに入院、治療を受けていた池田は、自ら後継に指名した佐藤栄作の内閣発足初の臨時国会所信表明演説をテレビで見ながら、こう舌打ちをした。

「あれじゃダメだ。佐藤君は勉強しておらんなぁ。まったくなってない」

 その翌40年8月13日、根治手術のかいなく死去したのだった。

 戦後総理の中で、闘病生活なども含め、最も波乱に富んだ人生を送った一人が池田であった。「開き直り」の人生でもあった。妻・満枝は「池田はやりたいことをやらせて頂きました。心置きなくあの世に旅立ったものと思っています」と頭を下げたのであった。戦後日本が新たな針路を求め、あがき続けた中での「所得倍増計画」という池田の大仕事が終わったということであった。池田が退陣した直後のフランス「ル・モンド」紙は、こう報じた。

「池田氏は1960年代における日本の反米エネルギーを、経済問題に向かせることに成功した。池田氏の政権後半になって経済成長の過熱が問題になってきたが、池田氏の最大の功績は、日本国民に対して日本は豊かな社会を実現できる能力があることを教えたことにある」

池田勇人の略歴

明治32(1899)年12月3日、広島県生まれ。京都帝国大学法学部卒業後、大蔵省入省。難病を得て休職。復職後、大蔵次官。議員1年生にして、蔵相。昭和35年7月第一次内閣組織。総理就任時59歳。昭和40(1965)年8月13日、ガンのため死去。享年65。

総理大臣歴:第58~60代 1960年7月19日~1964年11月9日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    スポーツ
    2026年05月18日 07:15

    スポーツの歴史にはしばしば、監督やコーチと選手の「師弟愛」がクローズアップされる。しかし、師が放ったひと言をきっかけに、長年培ってきた関係に終わりが告げられることに。それが2003年11月16日、名伯楽の小出義雄監督が「Qちゃん」こと高橋尚...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年06月07日 08:00

    ピン芸人の中山功太がバラエティー番組の収録中に語った「10年間ぐらいずっといじめられた先輩がいる」と告白してからしばらくが経つが、あの騒動が芸人の間で「ひとごとではない」として波紋が広がり続けているという。問題の「先輩」とされるサバンナ・高...

    記事全文を読む→
    女子アナ
    2026年06月04日 11:45

    元ウェザーニュースキャスターの檜山沙耶が、2026年7月31日正午をもってオフィシャルサイト「Hiyama Saya Official Site」を閉鎖すると発表した。有料会員は同時刻に自動退会となり、年額会員には残期間分が月割りで払い戻さ...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/6/9発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク