今回の新被害想定では、「揺れ等」による最大死者数、すなわち建物の崩壊を主な理由とする最大死者数の推定と同様、東京都内における「火災」による最大死者数についても、10年前の前回想定を1599人も下回る2482人と過少推定されている。
推定の根拠とされているのは、木密地域(木造住宅密集地域)が減ったこと、そして不燃整備地域が増えたこと、の2点。返す刀で都の防災会議は、今後、電気を要因とする出火をさらに減らし、初期消火率を上げていけば、火災による死者数を300人にまで抑え込むことができる、としている。
だが、都の元防災担当幹部は「いずれの推定も『悪い冗談』にしか聞こえない」と切り捨てた上で、次のように指摘するのだ。
「木密地域が減ったといっても、都内には面積にして7000ヘクタール以上、地区にして50カ所以上の『要不燃整備エリア』が、いまだ手つかずのまま残されています。事実、防災会議が最大被害を見込んでいる都心南部直下地震の場合、23区内の消失棟数は合計で10万棟を超えると想定されている。しかもこの場合、消失棟数が最も多い世田谷区を筆頭に、以下、大田区、江戸川区、足立区、杉並区、品川区、葛飾区、目黒区、墨田区、練馬区、江東区、荒川区など、23区内の随所から同時多発的に火災が発生して延焼していくわけです。事実上、逃げ場などないと考えなければなりません」
さらに恐ろしいのが「火災旋風」である。元防災担当幹部が続ける。
「火災旋風は『火炎の竜巻』とも呼ばれ、1923年の大正関東地震の時は、渦を巻いた火炎の柱が空き地や川を飛び越え、あたり一帯を焼き尽くしました。同じことは都心南部直下地震などでも間違いなく起こります。しかも大地震直後の火災ですから、道路の寸断や断水などに阻まれ、初期消火も含めて、消火活動もままならないでしょう。結局、火災による死者を本気で減らしたいなら、木密地域をゼロにする以外に手はないのです」
今後30年以内に70%の確率でやって来るとされるその時、都民はまたぞろ「想定外」という言い訳を耳にすることになるのだろうか。
(森省歩)
ジャーナリスト、ノンフィクション作家。1961年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部卒。出版社勤務後、1992年に独立。月刊誌や週刊誌を中心に政治、経済、社会など幅広いテーマで記事を発表しているが、2012年の大腸ガン手術後は、医療記事も精力的に手がけている。著書は「田中角栄に消えた闇ガネ」(講談社)、「鳩山由紀夫と鳩山家四代」(中公新書ラクレ)、「ドキュメント自殺」(KKベストセラーズ)など。