8月に入り、各地で酷暑が続く中、いっそうの熱中症対策が叫ばれている。デスクワーク中や外出時、喉を潤すために清涼飲料水やスポーツドリンクをガブ飲みするサラリーマンの姿も目立つ。しかし、喉の渇きを解消するつもりの水分補給が、かえって体に深刻な不...
記事全文を読む→幕府転覆を謀って磔の刑「由比正雪の右腕」は長宗我部盛親の隠し子だった
江戸幕府前期の最大の事件といえば、軍学者・由比正雪が起こした慶安の変、いわゆる由比正雪の乱である。
正雪という人物が慶安四年(1651年)、3代将軍徳川家光の死を契機に、幕政批判と浪人の救済を掲げて、各地で挙兵。幕府転覆を謀ろうとした。だが決起の寸前、一味の奥村八左衛門の密告により発覚し、計画は未然に防がれた。
正雪の右腕とされる人物が、宝蔵院流槍術家・丸橋忠弥である。宝蔵院流槍術は、奈良の興福寺宝蔵院主胤栄が創始した、十文字槍を使った槍術である。当時、お茶の水で道場を開いていた忠弥の腕前は、当代随一の誉れが高かった。
この忠弥の出自に関しては、面白い話が伝わっている。
大阪の陣で豊臣方に付き、処刑された四国の大大名・長宗我部盛親の庶子・盛澄だったというのだ。丸橋は母方の姓だという。忠弥は現在も演じられている、歌舞伎の演目「樟紀流花見幕張(くすのきりゅうはなみのまくはり)」、通称「慶安太平記」でも、長宗我部盛澄として登場している。
それを証明する文献は残ってはいない。だが、忠弥が長宗我部盛親の遺児だとすれば、徳川家に恨みを抱いて、大流行だった槍術道場の道場主の座を捨て、幕府転覆の中心メンバーとなっても不思議ではない。
忠弥は密告により、町奉行所に寝込みを襲われて死んだ。それでも江戸幕府の怒りはすさまじく、当時開設されたばかりの鈴ヶ森の刑場で磔刑にされた。その後、あまたの罪人が鈴ヶ森刑場で処刑されたが、忠弥はその第1号となった。
忠弥の墓所は、現在の東京都豊島区の金乗寺、そして品川区の妙蓮寺(写真)の2カ所にあるが、妙蓮寺に伝わる話が興味深い。鈴ヶ森で処刑されたはずの忠弥の首がなぜか門前に転がっており、見つけた妙蓮寺の僧が弔い、首塚を建てたという。
当時、処刑された罪人を手厚く葬るのは御法度で、忠弥の首が転がっていたというのは、単なる口実だろう。
四国の覇者だった有力大名の末裔だったとすれば、禁を破ってもその霊を慰める元長宗我部家の家来たちがいても、なんら不思議ではない。
(道嶋慶)
アサ芸チョイス
可愛さ余って憎さ百倍。いやはや、この2人のバトルは本当にすさまじかった。沢口靖子が主演したNHK連続テレビ小説「澪つくし」や、渡辺謙主演の大河ドラマ「独眼竜正宗」の脚本を手掛け、飛ぶ鳥を落とす勢いだった脚本家のジェームス三木氏。ところが19...
記事全文を読む→堺雅人主演ドラマ「VIVANT」(TBS系)が3年ぶりの続編でも、圧倒的な存在感を放っている。第2シーズンの初回放送は、平均世帯視聴率18.8%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)を記録。放送中にはXで世界トレンド1位になった。前作は2023年...
記事全文を読む→2024年7月に停車中のロケバス内で共演者の女性に性的暴行をしたとして、不同意性交と不同意わいせつの罪に問われたのは、元お笑いトリオ「ジャングルポケット」の斉藤慎二被告だ。その第6回公判が8月5日に東京地裁で開かれ、検察側は懲役7年を求刑。...
記事全文を読む→

