スポーツ

新日本プロレスVS全日本プロレス<仁義なき50年闘争史>「激震の新日本をよそに全日本は新路線を確立!」

 1983年8月、新日本プロレスでクーデター騒動が勃発。同月29日にはアントニオ猪木が代表取締役社長を、坂口征二が副社長を退陣させられ、新間寿取締役営業本部長が3カ月の謹慎となり、取締役審判部長だった山本小鉄、テレビ朝日から出向していた大塚博美副社長、望月和治常務の3人によるトロイカ代表取締役制に様変わりした。

 2日後の31日、全日本プロレスは蔵前国技館で未来に向けての節目となる大会を開催した。テリー・ファンクの引退試合である。

 テリーは日本人、外国人の枠を超えた事実上の全日本のエースで、80年10月に来日した際に「3年後の1983年6月30日、39歳の誕生日に引退する」と宣言。この発言は、当時の新日本人気に対抗する話題作りとしてテリーが単独でやったという説が有力だが、誕生日は過ぎたものの、公約通り引退の日を迎えたのだ。

 絶大な人気を誇ったテリーが引退するということは、それまでの“超一流外国人が主役の全日本”からの脱却を意味した。

 81年12月に社長がジャイアント馬場から元日本テレビ運動部長の松根光雄に交代したのは、外国人選手の高額ギャラのために経営難に陥った全日本を立て直すため。新日本との間に引き抜き防止協定が締結されたことで全日本の課題は、外国人に頼るのではなく、馬場に代わる新たな強い日本人スターを作ることになった。

 全日本と日本テレビが次期エースとしたのはジャンボ鶴田。鶴田改造計画は82年6月にスタートした。

 同年6月8日、蔵前国技館でリック・フレアーに挑戦したNWA世界戦から鶴田は星のマークが入った赤と青のツートンカラーのタイツ、赤のシューズを黒一色に変えた。黒のタイツとシューズは日本プロレスの祖・力道山の代名詞。発案者の日本テレビ・原章プロデューサーは「ジャンボ鶴田はジャイアント馬場に続く力道山の正統後継者」というイメージを付けたかったと言う。

 また、必殺技もダブルアーム・スープレックスから20世紀最大のレスラーと呼ばれたルー・テーズの指導を受けて、バックドロップに変えた。「超大物といい試合はするけど勝てない」という善戦マンのイメージを払拭するためだ。

 さらに83年6月17日にはUNヘビー級王座を返上して「ブルーザー・ブロディが保持するインターナショナル・ヘビー級王座に照準を絞る」と宣言。インター王座は58年8月に力道山がテーズを撃破して日本に持ち帰ったベルトで、力道山亡き後は馬場が引き継いで大エースになった。72年に全日本を旗揚げする際に返上を余儀なくされて、以後は大木金太郎が私物化している状態だったが、81年春にNWAに返上させて全日本に管理権が移行。復活インター王座は、王座決定トーナメントでドリー・ファンク・ジュニアが巻き、その後はドリーとブロディの間を行き来していたが、全日本がインター王座を復活させたのは「力道山、馬場が巻いた日本プロレス界の至宝をいずれは鶴田に」という構想があったからこそ。

 テリー引退試合の前のセミファイナルでブロディのインター王座に挑戦した鶴田は、ブロディの巨体をサイド・スープレックスで投げ、ジャンピング・ニーを叩き込み、これもテーズ直伝のフライング・ボディシザース・ドロップを炸裂させる気迫のファイト。結末はリングアウト勝ちで、ピンフォールは奪えなかったものの、この時代では、この勝ち方が精一杯。内容でファンを満足させた。

 そしてテリーは兄ドリーと組んでスタン・ハンセン&テリー・ゴディと対戦してゴディを回転エビ固めで仕留めて有終の美を飾って「アイ・ラブ・ユー・フォーエバー!」と絶叫。

 スーパーアイドルがリングを去り、強い日本人王者が誕生した日になった。

 さらに、その8日後の9月8日の千葉公園体育館では、ハンセンが4度目の挑戦にしてウェスタン・ラリアットで馬場からPWFヘビー級王座を奪取。このタイトル移動劇も全日本が新たな時代に突入したことを示すものだった。

 暮れの「世界最強タッグ決定リーグ戦」で、馬場は鶴田との師弟コンビを解消して、テリー引退でパートナー不在となったドリーと組み、鶴田は天龍源一郎と鶴龍コンビを結成。以後、全日本の看板タッグチームは鶴龍コンビになる。なお、最強タッグで優勝したのはハンセン&ブロディの超獣コンビだ。

 こうして新日本がグラついている間に全日本では鶴田、天龍、ハンセン、ブロディが主役という新路線が確立された。

 翌84年、全日本の世代交代はより鮮明になり、2月23日の蔵前国技館では鶴田がニック・ボックウィンクルを撃破して、日本人初のAWA世界王者になるという偉業を達成。同夜、天龍はリッキー・スティムボートとの王座決定戦に勝利してUNヘビー級王者に。天龍にとって日本で初めてのベルトだった。

小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。

カテゴリー: スポーツ   タグ: , , , , ,   この投稿のパーマリンク

SPECIAL

アサ芸チョイス:

    「男の人からこの匂いがしたら、私、惚れちゃいます!」 弥生みづきが絶賛!ひと塗りで女性を翻弄させる魅惑の香水がヤバイ…!

    Sponsored

    4月からの新生活もスタートし、若い社員たちも入社する季節だが、「いい歳なのに長年彼女がいない」「人生で一回くらいはセカンドパートナーが欲しい」「妻に魅力を感じなくなり、娘からはそっぽを向かれている」といった事情から、キャバクラ通いやマッチン…

    カテゴリー: 特集|タグ: , , |

    今永昇太「メジャー30球団でトップ」快投続きで新人王どころか「歴史的快挙」の現実味

    カブス・今永昇太が今季、歴史的快挙を成し遂げるのかもしれないと、話題になり始めている。今永は現地5月1日のメッツ戦(シティ・フィールド)に先発登板し、7回3安打7奪三振の快投。開幕から無傷の5連勝を飾った。防御率は0.78となり、試合終了時…

    カテゴリー: スポーツ|タグ: , , |

    因縁の「王将戦」でひふみんと羽生善治の仇を取った藤井聡太の清々しい偉業

    藤井聡太八冠が東京都立川市で行われた「第73期ALSOK杯王将戦七番勝負」第4局を制し、4連勝で王将戦3連覇を果たした。これで藤井王将はプロ棋士になってから出場したタイトル戦の無敗神話を更新。大山康晴十五世名人が1963年から1966年に残…

    カテゴリー: エンタメ|タグ: , , , , , |

注目キーワード

人気記事

1
日本ハム低迷時代を終わらせた新庄剛志監督を球団が本気で恐れる「今年で電撃退任」
2
小川直也が22年後にバラした「猪木の絶対指令」橋本真也を殴る蹴る/スポーツ界を揺るがせた「あの大問題発言」
3
武豊ドウデュース1着固定は危ない!淀の「宝塚記念」に潜む「誰もが触れない」大きな罠
4
息子2人を殺したら実の孫娘に毒殺された戦国武将「粛清王」の末路
5
幸運を呼ぶ新幹線点検車両「ドクターイエロー」が引退!「撮影会と体験乗車」は必ず見られる最後のチャンス