連れ合いの従姉Aさんが小脳と大脳の出血で倒れたのは、昨年3月のことだ。帰宅途中に体調が悪くなったので、必死の思いで自力で救急車を呼び、一命を取り留めることができたが、一時は生命の危機が迫る事態だった。お見舞いに行こうと思っていたのだが、コロ...
記事全文を読む→落合博満が今だから明かす「中日・谷繁監督を電撃解任」の大慌て交渉ウラ事情
横浜、中日で活躍した谷繁元信氏が、中日の選手兼任監督に就任したのは、13年シーズンオフだった。だが、14年4位、15年5位と2年連続Bクラス。16年は専任監督となったが成績は芳しくなく、途中休養した。事実上の解任である。森繁和ヘッドコーチが監督代行に就くも、中日は最下位に終わっている。
「谷繁兼任監督誕生と解任劇は、裏で落合博満GMが操っていたのではと、もっぱらの噂でした。落合氏がGMに就任したのは13年シーズンオフで、谷繁監督誕生とタイミングが重なっていたからです」(スポーツライター)
ところが落合氏は、これを真っ向から否定。自身のYouTubeチャンネル〈【公式】落合博満氏のオレ流チャンネル〉で明かしたのは、
「いや、オーナーのひと声ですよ」
落合氏が解説者時代のとある講演会で「将来的に谷繁監督っていうのも面白いんじゃないかな」と語ったことがあるのだが、当時の白井文吾オーナーがそれを知って即決したのだ。「やるのであれば、4年契約で交渉すべき」とする落合氏のアドバイスによって「じゃあ、すぐに口説き落としてこい」とコトが進んだという。
「将来的な話がすぐに現実になるとは思っていなかった」
そう振り返った落合氏だが、16年の解任劇では白井オーナーが、テレビ画面に映る谷繁監督と佐伯貴弘コーチのベンチでの姿があまりにも気になったことで、落合GMに「見るにしのびないから辞めさせろ」と指示。落合氏の「契約期間の4年は守るべき。少なくとも1年終わってから検討すべき」との意見は通らず、代理監督の選定に入ったというのだ。
「谷繁の解雇と並行して、森繁和を口説かなきゃいけないっていうやつがあって。アタフタしましたよ」
オレ流を貫くあの落合氏にも、慌てた過去があったのだ。
(所ひで/ユーチューブライター)
アサ芸チョイス
昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...
記事全文を読む→鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...
記事全文を読む→今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...
記事全文を読む→

