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Posted on 2023年10月29日 17:56

新日本プロレスVS全日本プロレス<仁義なき50年闘争史>「猪木の大構想!ソ連最強格闘軍団をプロレスに」

2023年10月29日 17:56

 1988年8月8日、横浜文化体育館で愛弟子・藤波辰巳(現・辰爾)のIWGPヘビー級王座に挑戦したアントニオ猪木は60分時間切れに終わると、自らチャンピオンベルトを藤波の腰に巻き、防衛を称えた。

 それはエース交代の儀式のようでもあり、猪木引退を思わせるシーンだった。

 だが、猪木はすでに新たなステージに目を向けていた。9月25日の台湾・台北市立体育館で復帰すると、10月7日の後楽園ホールにおける「闘魂シリーズ」開幕戦では半年ぶりに藤波との師弟コンビを復活させて、クラッシャー・バンバン・ビガロ&スティーブ・ケーシーに快勝。

 リング上で完全復活をアピールすると同時に、シリーズ終了後の11月7日にホテルニューオータニで記者会見を開き、共産圏初のプロレス軍団としてソビエト連邦‥‥旧ソ連の格闘技軍団を89年春に招聘して日ソ全面対抗戦を行うことを発表したのである。

 ソウル五輪開催直前の9月中旬、ソ連国家体育スポーツ委員会に「格闘技の選手をプロレスラーとして日本に派遣したい」という意向があることを知った猪木は、テレビ朝日のモスクワ駐在員、日本レスリング協会を通じて確認すると、10月21日に倍賞鉄夫営業部長とマサ斎藤を先発隊としてモスクワに派遣。

 シリーズ終了3日後の10月30日に猪木も現地入りして、11月1日にソ連国家体育スポーツ委員会の首脳部と会談。基本合意に達したことで翌2日に合意書にサインし、11月7日の発表に至った。

 当時、ソ連のミハイル・ゴルバチョフ政権はペレストロイカを推進し、外貨獲得策としてサッカーやアイスホッケーの一流選手を西側スポーツ界に輸出していたが、かねがね「プロレスを通じての世界交流」を考えていた猪木にとって、ソ連格闘技軍団の導入はその第一歩になった。

 また、この年の5月に旗揚げした新生UWFが〝本物の格闘技プロレス〟としてブームになっていたが、世界選手権4度優勝のサルマン・ハシミコフ、この年のソ連選手権優勝者のビクトル・ザンギエフなど〝本物の実力者〟がゴロゴロいるソ連軍団の導入はUWFへの牽制にもなった。

 格闘技の猛者たちにプロレスを理解させるのは至難の業だが、レスリング五輪経験者のマサ斎藤、長州力、馳浩が現地入りして選手を指導。猪木も12月11日から23日に訪ソしてグルジア共和国(現ジョージア)ゴリ市におけるソ連プロレス軍団の合宿で、直接指導すると同時に日本招聘メンバーの選考を行った。

 猪木は①自分の身を守り、相手の技を美しく見せる受け身の重要性②相手にケガをさせないギリギリの技術③感性と喜怒哀楽などの表現力④ギリギリの線で戦うことができる対戦相手との信頼関係の4つを最強格闘軍団に教えたという。

 強さ、勝敗だけでなく、観客を満足させるプロ意識、ケガをしてもさせてもいけないという暗黙のルールを叩き込んだのだ。

 年明け1月7日の昭和天皇崩御に伴い、8日に元号が平成になった89年は、プロレス界にとっても新たな時代の幕開けになった。

 日ソ全面対抗戦の盛り上がりにアメリカ勢も黙っているわけがなく、76年モントリオール五輪グレコローマン100キロ級4位のブラッド・レイガンズをリーダーにビッグバン・ベイダー、ビガロがチームUSAとして宣戦布告。戦いは日米ソの3カ国対抗戦になり、決戦の舞台は4月24日の東京ドームに決定した。

 東京ドームは前年3月18日に開場した日本初の屋根付き球場で、当時の屋内最大の競技場。ここにプロレスが初進出するのだ。

 2月22日の両国国技館にはデモンストレーションとして、前年12月に猪木の目に留まったハシミコフ、ザンギエフ、76~82年モスクワ選手権優勝の実績を持つウラジミール・ベルコビッチが初お目見え。

 試合は5分間のエキシビションとして行われ、まずヒロ斎藤と対戦したハシミコフが6種類のスープレックスから水車落としを決めて3分48秒でレフェリー・ストップ勝ち。ザンギエフは高校時代にレスリングでインターハイを経験している松田納(エル・サムライ)をフロント・スープレックスでKOして、これもわずか2分40秒でレフェリー・ストップ勝ち。

 ベルコビッチVS馳は、5種のスープレックスを炸裂させたベルコビッチ優勢の形で5分時間切れに。

 そしてハシミコフVSザンギエフのソ連対決はハシミコフが5発、ザンギエフが1発のスープレックスを繰り出して5分時間切れ。

 両国に集まった1万1000人の大観衆は彼らのスープレックスが決まるたびに「凄い!」「本物だ!」と驚きの声を上げた。

「まだプロレスの感覚がつかめていないし、お客に呑まれていた。今日は実力の20%」と、特別レフェリーを務めたマサ斎藤は厳しいコメントを出したが、ソ連軍団の強さは日本のプロレスファンに衝撃を与えた。

小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。

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