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記事全文を読む→戦国時代に実在した「リアル・ターミネーター武将」は素手で敵将の首をねじ切った
敵将の首を素手でねじ切るという力技。「ねじ首太郎左衛門」と呼ばれた怪力の武将を知っているだろうか。後北条氏の家臣で、晩年に福井藩士となった清水政勝、通称・太郎左衛門である。
実は彼の生母(清水康英の妻)も怪力で知られ、「小田原北条記」には、崖から落ちかけている牛を一人で抱え上げて救出し、同時に俵も引き上げたとの逸話が残っているほどだ。
太郎左衛門の怪力ぶりを見たいという主君・北条氏直の目前で鹿の角2本を片手で引き裂いたことがあるが、戦場では「六角の樫棒」を振り回して敵をなぎ倒していた。
だが実際は、素手でも人を殺せる殺人兵器。元亀3年(1572年)、武田信玄と織田信長、徳川家康連合軍が激突した「三方が原の合戦」が起こった。この時、太郎左衛門は武田軍に援軍として参加したが、合戦中に、ある紅の鎧武者と遭遇した。相手は視線を合わすことさえも恐れ「太郎左衛門参上」との名乗りを聞くと、一目散に逃げ出したという。
太郎左衛門は逃げる相手を追い詰め、後頭部から首を守るために兜にある「しころ」をつかむと、鞍の前輪に首を押し付け、そのままねじ切ってしまった。この時から「ねじ首太郎左衛門」という異名で呼ばれるようになったのである。
年齢を重ねても、そのパワーは健在だった。永禄6年(1563年)、下総国の国府台城(現在の千葉県市原市)一帯で、後北条氏と里見氏をはじめとする房総諸将との間で「第二次国府台合戦」が起こった。
この合戦で太郎左衛門は、親子ほど年の離れた武将・太田康資と一騎打ちを繰り広げ、こちらも怪力で知られた相手を打ち負かしている。
この合戦には嫡男・又太郎も参戦していたが、敵将・太田資正の首に手をかけたところ手間取り、敵の郎党に返り討ちに合って戦死してしまった。この時、太郎左衛門は「刀など使わず資正の首をねじ切ればよかったものを」と嘆いたという。
怪力DNAは三代続かなかったことになる。
(道嶋慶)
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