スポーツ
Posted on 2024年07月29日 09:59

恩師トミー・ラソーダは親しみを込めて「オキナワ」と呼んだ/「大谷翔平を使いこなす男」デーブ・ロバーツ監督を大解剖(3)

2024年07月29日 09:59

 日本生まれの監督として初めてワールド・シリーズで采配を振るい、しかも世界一になったデーブ・ロバーツ監督の人心掌握術のルーツは、日本球界となじみの深いトミー・ラソーダ氏にあった。

 ラソーダ氏がドジャース監督に就任したのは1976年9月。1996年シーズン途中、健康上の不安を理由に自ら退任するまで、20年にわたってドジャースを指揮した。監督としての通算成績は1599勝1439敗。地区優勝8回、リーグ優勝4回、ワールド・シリーズ制覇2回の名将である。

 勇退後の1997年にアメリカ野球殿堂入りし、これを記念して同年8月15日には監督時の背番号「2」が、ドジャースの永久欠番に指定されている。

 そんなラソーダ氏とロバーツ監督の出会いは、2002年の春季キャンプだった。1998年、インディアンス(現ガーディアンズ)でメジャーデビューを果たし、2001年オフにドジャースに移籍したが、レギュラー定着にはほど遠かった。

 2001年はわずか15試合の出場。12打数4安打、0本塁打という成績に終わっていた。ロバーツ監督は、

「これから(自分が)メジャーでやっていけるかどうか、という時だった」

 と、のちに回想している。

 ゲージでジャック・クラーク打撃コーチに指導を受けていた時のことだ。ラソーダ氏が突然現れて「ボールをシバけ」とアドバイス。その後、2時間にわたって打撃指導をしてくれたという。以降も打撃練習の際には打撃投手役を買って出てくれ、「カーブが打てなくてはダメだ」と忠告している。

 当時のラソーダ氏は、2000年シドニー五輪でマイナー選手中心のアメリカ代表チームを72歳という高齢で率いて金メダルを獲得した、雲の上の存在だ。

 そのラソーダ氏がロバーツ監督のことを「オキナワ」と親しみを込めて、接してくれたのだ。ロバーツ監督は、

「たぶん、自分の名前を知らなかったと思う。自分が監督になるまで知らなかったと思うよ」

 というが、その接し方が今も自らの基本になっているという。

「トミーから学んだことは、人と真摯に接するということだ。真摯に接するから、選手は彼を尊敬する」

 今季も大谷翔平、ムーキー・ベッツ、フレディ・フリーマンなどの超大物選手をソノ気にさせ、首位街道を驀進するドジャース。52歳の指揮官の心には、名将の教えが刻まれている。

(阿部勝彦)

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2026年11月02日 15:30

    脳梗塞で療養中だった伊達みきお(サンドウィッチマン)が、10月31日の「サンドウィッチマンザ・ラジオショーサタデー」(ニッポン放送)で、2カ月ぶりに復帰した。「さあ、時刻はお昼の1時を回りました。こんにちは。サンドウィッチマンの伊達みきおで...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年11月04日 13:00

    泉ピン子が訴えられた。映画製作会社「HumanPictures」が11月3日、所属監督の映画「AYUMI」と「養父」に出演したピン子に対し、損害賠償を求め2日付で東京地裁に提訴したと、公式Xで公表したのだ。問題が発生したのは、10月23日に...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    芸能
    2026年11月05日 17:00

    毎日のように見聞きする「不正アクセスによる情報漏洩」のニュース。もはや情報漏洩していない企業のほうが珍しいんじゃないのってくらいだし、それどころか官公庁にまで被害は及んでいる。三菱UFJフィナンシャル・グループが、2027年3月までの開業を...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/10/27発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク