例えば、こんな場面を想像してほしい。休日の昼下がり、渋滞を避けようと、カーナビが案内した田畑の間の脇道へ入る。一般に使われている道で、車同士がすれ違える程度の幅はある。だが速度を指定する標識や標示、中央線、車両通行帯はなく、中央分離帯や柵も...
記事全文を読む→おじいちゃんになる田原俊彦「マスコミ嫌い」全開の長女誕生報告/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
全く知らなかったが「10月4日」は104(トシ)、つまりトシちゃんこと田原俊彦の日なのだとか。そんなトシの日に飛び込んできたのが、彼の長女でタレント田原可南子と高良健吾との結婚と第1子妊娠の発表だった。高良36歳、可南子30歳。63歳のトシちゃんは、来年にはおじいちゃんになる予定である。
遡ることちょうど30年前の1994年2月17日。「マスコミ嫌い」を公言していた田原が、所属レコード会社で記者会見を開いたのは、長女・可南子誕生から3日後のことだった。当時、田原は32歳。開口一番、
「今日はお忙しい中、マスコミ嫌いの田原俊彦のために、こうしてお暇な時間にお集まりいただき、ありがとうございました。この場に挑むことになり、意に反することもありますが、僕のエンジェルちゃんのために頑張ります」
大いに皮肉を込めた挨拶から、会見はスタートする。そんなこともあってか、「名前は決まりましたか」の質問には、
「決まりましたけど、そんな簡単に教えたくないですね」
さらに結婚式を挙げていないことについて聞かれると、苦笑い。
「また~、来ないでよ~、疲れるんだから。嫌いなんだから僕は、皆さんのこと」
そして結婚のタイミングについては、
「僕は33歳で絶対に結婚するっていう、自分なりの計画がありましたんでね。それよりちょっと勇み足ではありましたけど。まぁ、何事も隠密にやりたかったんだけど、僕ぐらいビッグになっちゃうと、そうはいかないということがよくわかりました、ハイ」
これがのちに「ビッグ発言」として、世間の反感を買うことになってしまったのである。
確かに当時の田原は所属事務所とギクシャクした関係にあり、この会見はレコード会社による案件。会見には事務所関係者が同席せず、そんなイライラも手伝ったか…。
田原はこの会見の翌月、ジャニーズ事務所から独立。当時、ジャニーズを出ることは、芸能界から干されることを意味していた。
案の定、テレビ局などの忖度により、地上波に出られない時期が続くことになった。その後、田原はトーク番組などで「干されたのは俺に力がないから」と振り返ったが、真相は推して知るべし、だ。
それから三十数年。紆余曲折はあったものの、田原はしたたかに芸能界の荒波を泳ぎ切った。愛娘の結婚と妊娠が発表された日、自身のYouTubeチャンネル「田原トシちゃんねる!」で生配信を行った田原は視聴者からのコメントに対し、
「おめでとうが多いんだよね、なんかあった? 俺、結婚したんか、独身なはずだけどな」
得意のオトボケでかわしたものの、「いよいよ、おじいちゃになるんだね」の声には、
「もうおじいちゃんだよ。後期高齢者だよ」
そのニッコリ穏やかな眼差しは、すでに「子エンジェル」に向けられているように見えた。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
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