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プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈史上初「前年最下位チーム日本一」の「三原魔術」〉

 背番号60のユニホームを身にまとった「魔術師」が後楽園で舞った。

 1960年10月15日、日本シリーズ第4戦で大洋(現DeNA)の監督・三原脩が西本幸雄率いる大毎(現ロッテ)を4連勝で破り、日本プロ野球史上初めて、前年の最下位チームが日本一となった。

洋 0 0 0 0 1 0 0 0 0=1

毎 0 0 0 0 0 0 0 0 0=0

 実にすべて1点差の勝利で、奇跡の「三原魔術」と呼ばれた。

 三原は勝って驕らず。

「ストレート勝ちは夢にも思わなかった。望外の幸せだ」

 戦前の予想は大毎の「絶対的有利」だった。評論家たちの根拠は西本が作り上げた強力な「ミサイル打線」にあった。

 40歳の西本はこの年から大毎を率いてパ・リーグ優勝を果たした。

 打線は打撃10傑に4人がいた。榎本喜八は首位打者、山内和弘(後・一弘)は本塁打王と打点王を獲得、2人で主要3部門を独占、田宮謙次郎も健在だった。

 投手では33勝のエース左腕・小野正一を中心にまとまっていた。

 チーム打率2割6分2厘、防御率2.66はともにリーグトップだった。

 三原は47年から49年まで巨人の監督を務めた。51年から59年までは西鉄(現西武)監督で、56年から58年まで3年連続で日本一を達成した。

 60年に大洋の監督に就任し、6年連続最下位から初優勝させた。シーズン途中から「魔術師」の異名がついた。

 選手の調子やツキを見逃さない。予想に反した選手起用や戦略、三原の言う「超二流選手」を使った采配は斬新だった。

 だが、打撃は10傑に2人、チーム打率は2割3分でリーグ3位、本塁打60本はリーグ最下位。大毎は100本だ。誰の目にも大毎のVが映る。

 大洋の救いは、21勝を挙げた下手投げのエース・秋山登を軸に、チーム防御率2.32のリーグ1位だった投手陣だった。三原は接戦に持ち込むことで勝機をつかもうとした。秋山を先発で使わず、勝負所での起用に踏み切った。

10月11日・第1戦(川崎)

毎 0 0 0 0 0 0 0 0 0=0

洋 0 0 0 0 0 0 1 0 ×=1

 大洋の先発は左腕の鈴木隆。大毎はエースの小野ではなく、右の中西勝己だった。三原が中西先発を見破り、5番に左の金光秀憲を起用した。シーズン成績は打率2割5分6厘、5本塁打だ。大抜擢である。

 1回、鈴木が1死一、二塁とすると、早くも三原が動いた。秋山の名を告げた。

 大毎打線は秋山に手こずった。7回、金光が中西の速球を右翼席に運んだ。伏兵の一発は決勝打となった。秋山がこの1点を守り切った。

10月12日・第2戦(川崎)

毎 0 0 0 0 0 2 0 0 0=2

洋 0 0 0 0 0 2 1 0 ×=3

 大毎が終盤の8回、痛恨のミスでシリーズの流れを大洋に渡した。

 西本は1死満塁で5番・谷本稔に1–1からスクイズを命じた。やりつけない作戦は捕前ゴロ併殺、最悪の結果だ。マウンドに立っていたのは秋山だった。

 この夜、有名な「バカヤロー解任事件」が起こった。大毎のオーナーはラッパと呼ばれた永田雅一。派手好き、しかもワンマンで有名だ。西本に電話をかけた。

「ウチは豪快な打線が看板のチームだ。スクイズとは何事だ」

「私はチーム状態を見て作戦を立てています」

「お前はバカか」

「その言葉、取り消してください」

 あとは売り言葉に買い言葉。永田は「バカヤロー」と電話を切ったという。

10月14日・第3戦(後楽園)

洋 2 1 0 0 2 0 0 0 1=6

毎 0 0 0 0 2 1 0 2 0=5

 大毎打線がやっと目を覚まして5点差を追いつくが、9回に大洋の新人・近藤昭仁が右翼席に決勝本塁打を運んだ。秋山は6回、2番手として登板した。

 第4戦は大洋が5回に1点を先制すると、三原は先発の島田源太郎に代えて秋山をマウンドに送った。

 西本は意地になったのか、7回1死二、三塁で坂本文次郎にスクイズを命じたが、大洋バッテリーに外され捕邪飛に終わった。 秋山は最後まで大毎打線をピシャリと抑えた。5回の決勝点は近藤昭のタイムリー、連日の殊勲打でMVPに輝いた。

 秋山は4試合すべて救援だった。三原のエース起用法は、プロ野球の醍醐味を存分に堪能させた。

 大毎が4試合で奪った得点は7。三原の狡猾な野球に西本は付き合わされ、「超攻撃野球」の持ち味は消えていた。

「セの各球団と同じように、不可解なうちに負けた感じだ」

 西本はその後、永田に辞表を提出した。19年後の79年11月4日、近鉄監督の西本は広島との日本シリーズ第7戦(大阪球場)に臨んでいた。

 4対3と広島1点のリードで迎えた9回裏、江夏豊を攻めて無死満塁から1死満塁となった。ここで西本は石渡茂にスクイズのサインを出した。

 江夏は気づいて芸術的なウエスト、石渡はバットに当てられなかった。本塁突入の藤瀬史朗が挟殺され、そして石渡が空振り三振に終わった。

「江夏の21球」のハイライトシーンだ。西本は監督として日本シリーズに8度出場し8度とも敗れた。この年は7度目の挑戦だったが、またもやスクイズが明と暗を分けた。

 三原が「魔術師」なら、西本は「悲運の闘将」と呼ばれた。だが、8度も日本シリーズに出場して指揮を執った手腕・実績は色あせることはない。

(敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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