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プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈いてまえ打線が10点差をひっくり返した大逆転勝利〉

 1997年8月24日、この年開場した大阪ドーム(現・京セラドーム大阪)で行われた近鉄対ロッテ22回戦で、近鉄が10点差を引っ繰り返す大逆転勝利を収めた。

 日本プロ野球史上、10点差をはね返した試合はこれまで4度あるが、パ・リーグでは唯一の記録だ。

ロ 5 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0=10

近 0 0 1 1 4 0 3 0 1 0 0 1=11

 3連戦の3戦目の日曜日。午後4時開始の試合は、午後9時になろうとしていた。

 長い1日が終わる。そんな気配が大阪ドームに漂った。延長12回裏、ロッテの4番手・吉田篤史が猛牛打線から2死を奪った。あと1人でドローである。

 だが、終わらない。代打・山本和範が四球で歩いた。水口栄二が安打で続いた。ここで吉田が暴投して二、三塁、ロッテはタフィー・ローズを敬遠して満塁策を取った。

 打席には、3打点を挙げていた4番・DHのフィル・クラークが入った。5球目だった。フルスイングからの打球は勢いよく伸びて左中間フェンスを直撃した。三塁から山本の代走・入来智が本塁に帰ってきた。入来は投手だ。近鉄は野手全員を使い切っていたのだ。

 4時間56分の激闘が幕を閉じた。クラークを中心に歓喜の輪ができた。まるで優勝したような大騒ぎとなった。

 応援団とファンが一体となってバンザイ、バンザイを繰り返していた。

 近鉄監督・佐々木恭介はさすがに興奮していた。感激の面持ちだった。

「打線の粘りは称賛に値する。コツコツ1点ずつ返してよくゲームにした。こんな選手たちと一緒に試合ができてうれしい。途中では敗戦談話を考えていたのに‥‥」

 この時点で過去10点差をはね返した試合は2試合あった。

 1リーグ時代の1949年10月2日の大陽対大映戦(京都衣笠)で大陽が0–10から11–10。

映 1 0 9 0 0 0 0 0 0=10

陽 0 0 0 0 0 3 4 3 1=11

 セ・リーグでは51年5月19日の松竹対大洋戦(大分)で松竹が2–12から13–12。

松 0 0 0 0 1 1 3 5 3=13

洋 0 3 4 1 1 3 0 0 0=12

 近鉄は実に46年ぶりの快挙だった。10点差を守り切れなかったロッテ監督・近藤昭仁は一言。

「疲れたわ‥‥」

 近鉄とロッテは熾烈な順位争いをしていた。断っておくが首位争いではない。最下位争いである。

 この時点で両チームはゲーム差なしで、勝率の差でロッテが6位だった。

 そのロッテが先手を取った。取ったというか、一方的な展開とした。

 1回、近鉄の先発・佐野重樹から、先頭・堀幸一の安打を足場に6安打で5点を先制した。2回にも連打で佐野をKO。代わった南真一郎にも安打を浴びせた。この回も5安打で5点を奪った。

 2回を終わってスコアは0–10である。球場に異変が起こった。一塁側内野自由席から右翼席に陣取った、応援団が応援をボイコットしたのだ。

「猛打いてまえ猛牛打線」の横断幕を裏返しにしてトランペットなどの鳴り物を止めた。さらにあろうことか、ロッテの応援マーチにメガホンを振ったのだ。

 近鉄は大阪ドーム初年度という記念すべき年に開幕から下位を低迷、5月には6連敗で最下位に転落していた。夏場を迎えても浮上の兆しは見えなかった。ファンのうっ憤は溜まっていた。

 本拠地チームにとって、これ以上の屈辱はない。これは効いた。いてまえ打線が静かに目覚め始めた。

 3回裏に村上嵩幸のソロ弾、4回裏にはクラークがソロ弾を放った。まだ8点差である。ロッテの指揮官・近藤は余裕の表情だ。痛くもかゆくもない失点である。

 しかし5回裏、いてまえ打線がロッテの先発・園川一美を攻略した。4安打を集中して4点を返した。近藤の顔から余裕が消えた。

 7回裏には再び、近鉄が成本年秀に4安打を浴びせて3点を奪った。1点差だ。

 応援団の鳴り物応援が再開し、ファンとともに近鉄を後押しした。ロッテベンチは声ひとつない。

 ここで追いつかないと「ああ、惜しかったな」で終わる。だが9回裏、鈴木貴久が1死から二塁打で出塁すると、代走・武藤孝司が三盗、捕手・吉鶴憲治の送球ミスを誘って同点の本塁を踏んだのである。

 近鉄は3回以降、柴田佳主也から大塚晶文、そして赤堀元之とつないでロッテの攻撃を食い止めていた。

 大逆転の流れは出来上がっていた。

 最下位決戦。日曜日の夕刻に気楽な気持ちで観戦に訪れていた、2万3000人のファンは歴史の生き証人となった。

 4度目の歴史的大逆転はこの20年後の2017年7月26日、神宮球場でのヤクルト対中日15回戦である。

中 0 3 0 3 4 0 0 0 0 0=10

ヤ 0 0 0 0 0 0 2 8 0 1=11

 7回に2点を返して、8回には打者一巡の猛攻で8点を挙げて同点、延長10回に大松尚逸が右中間席にサヨナラソロを突き刺した。

 同年、ヤクルトは開幕から最下位を独走し、国鉄時代の50年に記録した94敗を越える、球団史上ワーストの96敗でシーズンを終えた。

 屈辱的な年に咲いた1つの花はセ・リーグでは66年ぶりの快挙だった。監督・真中満は言った。

「今年は悪い記録の更新ばっかりだった。いい記録が出てよかった」

 97年の近鉄は大逆転劇をきっかけに借金を完済し、最後は息切れした日本ハムとダイエー(現ソフトバンク)を抜いて、前年の4位から3位のAクラスに浮上した。

 近藤が監督1年目だったロッテは最下位に沈んだ。

(敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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