比婆山麓の谷間を吹き抜ける風に、ただならぬ気配が漂っている。広島県北部の庄原市西城町で「ヒバゴン」伝説が再びざわめきを起こしているのだ。
5月上旬、農業に携わる70代の男性をはじめとする複数の住民から「畦道を黒い大型獣が横切った」という証言が相次いだ。目撃者は口々に「猿にしては大きかった」と話しており、町の観光協会は急遽、現場の畑に小型カメラを設置して撮影を始めたが、今のところ決定的な映像は残っていない。
ヒバゴンの最初の目撃記録は、1970年7月20日の夜、軽トラックで比婆山山麓を走行していた農家の男性が「背丈約1.5メートル、全身漆黒の類人猿」の姿を目にしたと告白したことに始まる。当時、中国新聞は「比婆山山ろくで“類人猿騒ぎ”」と大きく報じ、旧西城町役場には「類人猿相談係」が設置されるほどの社会現象に発展した。
4年間に寄せられた19件の目撃証言から、身長約160センチ、人の2倍近くある逆三角形の頭には剛毛が立ち、ゴリラのような体には荒々しい毛で覆われている姿が浮かび上がった。発見された足跡は石膏で型取りされ、2023年にはJR備後西城駅構内で公開展示された。楕円形の石膏板には採取日の「昭和45年12月16日」と、採取場所の「比和町吾妻山 池の原雪中」の文字が刻まれ、伝説を裏づける物的証拠として、人々の好奇心をくすぐっている。
この真相をめぐる仮説は「ニホンザルの誤認」「動物園から逃げ出したゴリラ説」など多岐にわたるが、科学的検証が決定打を欠く一方、UMAファンの興奮は収まる気配がない。
実はこのヒバゴンは、地域振興のシンボルとなっている。1970年代当初の不気味な着ぐるみは、1999年の「西城ふるさと祭」で一新され、逆三角形の頭部と愛らしい瞳を持つ現在のデザインが誕生。2014年には公式着ぐるみが製作され、イベントや観光案内所で活躍している。さらには「ヒバゴンネギ」「ヒバゴンのたまご」といった特産品パッケージに起用され、地域ブランドの核として親しまれている。
新たに相次いだ目撃証言が示すように、ヒバゴンの謎は色あせるどころか、さらに深まり続けている。現地を訪れると、再び森の奥から伝説の足取りが見えてくるかもしれない。
(ケン高田)