名越 戦闘が激化した22年3月から、日本大使館はポーランドに移りました。キーウに戻ったのは10月。他国に比べて遅れたのは外務省の判断ですか。
松田 危険の感じ方は個人差がありますから、そのことをとやかく言うつもりはありません。ただ、翌23年は日本がG7議長国で、キーウで開かれる「G7大使グループ会合」で私が議長を務めなければいけなかった。それに間に合わないと指導力を発揮できないので、そこは心配しました。
名越 23年の広島サミットでは、ゼレンスキー大統領が来日して演説しました。あれは本人の意向ですか。
松田 ゼレンスキーさんの希望だと聞いています。22年3月に岸田首相がキーウを訪問した段階ではオンラインの予定でしたが、サミットの1カ月前になって「リアルで参加したい」と政府から話がありました。
名越 原爆慰霊碑への献花は絵になるし、世界にアピールするチャンスと考えたのでしょう。ゼレンスキー大統領は元役者なのでパフォーマンス上手は当然ですが、実務でもなかなか有能なことに驚きました。
松田 彼は役者であり、プロダクションの経営者でもある。日本でいえば、石原裕次郎さんが総理大臣になったようなものです。人を見抜く能力に長けていますし、人を鼓舞するのも得意です。国民と共に怒って、泣く。あれで国民が団結しました。
名越 当初、ロシアは短期間で勝利できると踏んでいましたが、3年以上も続いているのは、ウクライナがドローン活用に長けていたからですか?
松田 それもあるでしょう。ウクライナが世界に先駆けて開発したドローン部隊は、爆薬を搭載してぶつかるだけでなく、対空砲を備えて空からの攻撃に対しても迎撃できる。空爆用ドローンにしても、相手のレーダーをかく乱させるおとり部隊、実際の攻撃部隊、さらに攻撃の戦果を把握する監視役が部隊を組んでいると聞きます。
名越 我々がイメージするラジコン飛行機のようなものとは次元が違いますね。
松田 戦争では新しい武器が登場します。この戦争はドローンが本格導入された戦争として記憶されそうです。加えていえば、ウクライナは兵士の質が非常に高い。我々は22年に戦争が始まったと思っているけど、彼らは14年にクリミア侵攻やウクライナの親露派による騒乱が勃発した時から続いていると考えているので、心の準備ができているわけです。ところが、ロシア軍は戦争の目的も十分に理解していない。要はマインドセットの差です。
ゲスト:松田邦紀(まつだ・くにのり)福井県出身。1982年東京大学教養学部教養学科卒業、外務省入省。96年在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官。98年在ロシア日本国大使館参事官。01年外務省大臣官房海外広報課長。04年外務省欧州局ロシア課長。07年在イスラエル日本国大使館公使。10年デトロイト総領事。13年人事院公務員研修所副所長。21年駐ウクライナ特命全権大使。24年10月離任。外務省退官。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「独裁者プーチン」(文春新書)など。