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記事全文を読む→【悲劇検証】岡田有希子2度目のインタビューで拭えなかった「違和感」飛び降り3週間前の「言葉」
去る8月22日は伝説のアイドル岡田有希子の、58回目の誕生日だった。それほど縁があったわけではないが、筆者は彼女に2回、インタビューしたことがある。
一度目は1984年5月。歌手デビューした直後だった。東京・四谷にあった所属事務所サンミュージックで対面している。彼女を初めて見た時の衝撃は忘れられない。
筆者が待機する部屋に入ってきた彼女は、白く輝いて見えた。当時16歳の彼女は、眩しいほどに愛くるしかった。彼女が放つオーラのようなものに、筆者は言葉を失った。アイドル歌手のインタビュー取材は何度も経験したが、こんな気持ちになったのは、あとにも先もこの時だけだ。
インタビューは新曲や今後の目標、夢などについて語ってもらい「自分なりのスタイルで、トップ歌手になりたい」といった言葉が印象に残っている。16歳ながらしっかりと自分の言葉で話し、聡明さを感じた。
芸能界入りに反対していた両親は、愛知県屈指の進学校に合格することを、条件のひとつに挙げた。猛勉強の末、彼女は条件をクリアして芸能界入りを果たす(のちに堀越高校に編入)。とても賢く、努力家であることが、1時間程度のインタビューでも分かった。
2度目のインタビューは1986年の3月中旬。高校を卒業し、新たなスタートをする時期だった。一度目と同じく、サンミュージックでの取材だ。18歳の彼女はすでに超人気アイドルとなり、多忙を極めていた。
2年ぶりに会った彼女を見て、筆者は違和感を覚えた。一瞬「ちょっと老けたか」と感じた。18歳のアイドルに「老けた」というのもどうかと思うが、明らかに顔色が悪く、肌のつやがなかった。目がむくんでいるように見えた。
外見や体型に変化が出てくる年齢でもあっただろう。しかし多忙さゆえ、疲労を抱えているのは明らかだった。それでも「今年中に映画に出たいですね」と意欲を語り、カメラマンに向かって何度も愛らしいポーズをとってくれた。取材が終わると笑顔を見せ「ありがとうございました」と言って、軽く会釈してくれた。
その日からおよそ3週間後の4月8日、彼女はサンミュージックの屋上から飛び降り自殺した。当日、彼女は自宅でガス自殺を図ろうとし、未遂に終わった。その後、サンミュージックの関係者が彼女の話を聞くため、事務所に同行。目を離した数分の間に悲劇は起きた。
自殺の理由についてはプライベートの問題など様々な憶測が飛び交ったが、今となっては誰も真実は分からない。
事件後、彼女に近い複数の関係者から話を聞いたが、一様に「努力家」「何ごとにも全力で取り込む性格」と語っていた。短期間であまりにもたくさんのものを抱え、それがキャパシティーを超えてしまったのかもしれない…そう感じたものだ。
(升田幸一)
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