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記事全文を読む→生誕90年 立川談志と最後の弟子〈初めて書く「イリュージョン」な日々〉(12)最短だけど最濃。談志との3年間
落語家は真打になる前に師匠が亡くなると、新しい師匠に預かってもらうことになる。二人目の師匠は、立川左談次だった。
左談次は基本、放任主義だった。楽屋でその日やるネタを悩んでいる芸人がいると、決まってこう言う。
「いいんだよ、客は素人なんだから」
何度この言葉を聞いたかわからない。ただ誤解してほしくないのは、この言葉の本当の意味だ。客は素人なんだから何やってもいいではない。客は素人なんだから、自信持って一生懸命やればいいんだよ、これだ。
さらに深く読むと、芸人だけが悩むような細かいところは気にしすぎてもしょうがない、ウケなきゃまた稽古してやればいいんだ、となる。放任主義でありながら、人一倍責任感の強いのが左談次という師匠だった─と、こういうのを書かれるのが一番嫌がるのも左談次だ。
「バーロー、おめえに何がわかる」
こう言われてしまうので左談次については詳しく書くのはいつも遠慮してしまう。ヨイショからヨイショまで教わった、私を落語家にしてくれた師匠だ。残念ながら左談次ももう亡くなっている。私は師匠を二人見送っているのだった。
現在の師匠は立川談修となっている。生きている人について書くのは生意気なので差し控えたい。だって生きてるのだもの。これを読んだ方はぜひ聴きにいってもらいたい。ただ何も書かないのも何なので一言だけ申し上げると、もの凄く感謝しています。こんなポンコツを絵に描いたような男が真打になれるのは、師匠のお陰に他ならない。落ち着いたらしっかりお礼を申し上げようと思っている。
さて、誌面もそろそろ尽きてきた。当初は4回の連載予定だったが、何だかんだで6回になった。これもひとえに編集者様のおかげだ。
連載を始めるにあたって、談志の本を読み直したりもした。こんなことも言ってたあんなことも言ってたと思い返したが、何より一番思ったことは自分の不甲斐なさだ。もっと談志を快適にしたかった。あの時こうしてれば良かった、ああしてれば良かったと考えたらキリがない。本当にバカな弟子で申し訳ございません。3年という、弟子の中で一番短い時間ではあったが、濃密であったとは思っている。
まだまだ書いてないことはあるが、それはまた別の機会をいただいた時までのお楽しみとしておこう。週刊アサヒ芸能さん、また読んでくださった皆様、そして、同時に始まった連載の山口組番頭さん、ありがとうございます。私は眉毛落として歯に鉄漿(おはぐろ)染めて談寛になります。二代目ダンカンこと立川談寛をどうぞよろしくお願いいたします。お粗末。
立川談吉(たてかわ・だんきち)1981年12月14日生まれ。北海道帯広市出身。2008年3月に立川談志に入門。11年6月に二ツ目昇進。12年4月に立川左談次門下へ。18年7月に立川談修門下へ。26年3月1日に真打昇進「立川談寛」襲名予定。
写真/産経ビジュアル
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