大阪府内でだんじりの横転事故が相次いだ。泉佐野市と泉大津市で起きた10月10日の事故では男性2人が死亡し、16人が重軽傷を負った。その1週間前の10月3日には堺市で横転事故が起き、男性11人がケガをして病院に搬送されている。こうした事故で出...
記事全文を読む→【消えた本塁打】長嶋茂雄の「新人トリプルスリー」プロ野球史上初の偉業を阻止した広島カープの一塁手「足跡」事件
縦横38.1センチ。長年親しんできたプロ野球の一塁から三塁のベース板が、今季から45.72センチに拡大された。このわずか7.62センチの違いによって、これからのプロ野球ドラマが、少し別の調味料を加えたように変化していく可能性がある。
ここで紹介するのは、筆者の新刊本「カープ不滅のスラッガー伝説」(2枚目の写真)で描いたミスタープロ野球・長嶋茂雄の知られざるエピソードである。

1958年9月19日の広島×巨人戦。1-1で迎えた5回裏。ルーキー長嶋はすでにセリーグの本塁打王が確実視されていた。カープの投手は同年に西鉄(現・西武)から移籍してきた鵜狩道夫。カウント0-2となり、鵜狩がインハイに直球を投げた。その球がやや体に近い高めだったため、長嶋は大根切りのようにしてバットを振り抜いた。
打球は左翼席に吸い込まれ、28号ホームランが生まれた。長嶋が大喜びして一塁ベースを回る。しかしここから、ドラマが始まった。
一塁手の藤井弘は、長嶋が通過したあと、後ろを振り返った。そこで重大なことに気付く。一塁ベース横の数センチのところに、ポッコリと大きな長嶋の足型が残っていたのである。
藤井はすぐに塁審・竹元勝雄の顔を見た。一瞬、目と目が合った。竹元の「困ったなあ」というような表情を見て、藤井は全てを察した。藤井は長嶋がダイヤモンドを一周するまで、誰にも足跡が消されないように、さり気なくそこを守った。
長嶋がホームインし、巨人ベンチは大盛り上がりである。その光景を見ながら、藤井は冷静だった。次のプレーのために主審から鵜狩に新しい球が渡り、再びプレーボールがかかった瞬間に、藤井が叫ぶ。
「ミッチ(鵜狩)! ボールをこっち、こっちに投げろ!」
守り抜いた「動かぬ証拠」に「アウト!」のコール
鵜狩は状況がよく分からなかったが、とにかく藤井が強く指示するので、仕方なく球を投げた。その直後、場内に竹元のコールが響く。
「アウト!」
巨人ベンチから水原茂監督が飛び出してきた。しかし藤井、いや竹元側には動かぬ証拠があった。そう、それは藤井が守り抜いた、あの「長嶋のポッコリ足跡」である。ちなみにこの試合は4-2でカープが勝利した。
ここから記録…というか、球史の話になる。このシーズンの長嶋は29本塁打を放ち、新人王に加え、ルーキーとして史上初めて本塁打王に輝いた。そしてシーズン通算で打率3割5厘、37盗塁37、29本塁打…。
ここまで書けば、誰でも気付く。そう、長嶋はあの1本の幻のホームランによって、新人として史上初めてのトリプルスリー(3割30本30盗塁)の大記録を逃したのである。
その陰にあったのは、たとえ相手が球界の大物ルーキーであったとしても、状況をウヤムヤにしなかった藤井の冷静かつ公正な判断だった。もしあの時代に、わずか7.62センチ差であったとしても、ベース板がもう少し大きかったら、長嶋のトリプルスリーが球史に刻まれていた…かもしれない。
(迫勝則/作家)
アサ芸チョイス
アメリカ・トランプ大統領との首脳会談の場を利用し、高市早苗首相への的外れな口撃に終始したのは、中国の習近平国家主席だ。日本のメディアは米中双方が「同盟」という言葉をどう使ったかなどと、表層の言葉尻を捉えて大騒ぎしているが、完全に本質を見誤っ...
記事全文を読む→昨年、アサヒグループホールディングスに不正アクセスを仕掛けた海外ハッカー集団の中枢メンバーが、なんと大阪で捕まっていた。10月6日の各国における報道によれば、日本の捜査当局が拘束したのは「Qilin(キリン)」の中心人物とされる28歳で、ロ...
記事全文を読む→9月の金融政策決定会合で利上げに反対した佐藤綾野審議委員がなんと、利上げ継続の立場を示す日銀の方針に同調発言し、大きな波紋が広がっている。投資ストラテジストが明かす。「7月に審議委員に就任した佐藤氏と、4月に就任の中央大学・浅田統一郎名誉教...
記事全文を読む→
