もう真夏の外出は、根性で乗り切る時代ではないらしい。気象庁は今年、最高気温40度以上の日を「酷暑日」と新たに決めた。猛暑日を超える暑さが日常化したことで、服そのものが冷却機器になる流れも加速している。これまでのファン付きウェアは「現場作業用...
記事全文を読む→「猪木VSアリ戦」50年の真実〈第2回〉(4)「ペリカン!」調印式の応酬
76年3月25日。ニューヨークで、歴史的な調印式が行われた。
「猪木さんは奥様(当時)の倍賞美津子さんを伴って、袴姿で登場しました。対するアリは、猪木さんの顎を指して、『まるでペリカンのくちばしだ。粉々に砕いてやる』と言い放ちました」
このアリの「ペリカン」発言、実はある人物からの入れ知恵だった。
「フレッド・ブラッシーというベテランのプロレスラーがいましてね。アリの挑発トークのアドバイザーを務めていたんです。しかし、猪木さんはまったく顔色を変えず、『私の顎は確かにペリカンのように長いが、鉄のように鍛え上げられている。風が吹けば私はそよぐが、倒れはしない』と静かに返しました。さらに『日本語をひとつ教えてあげよう。“アリ”とは日本で“虫けら”を指す言葉だ』と言い返したところ、アリが激高しましてね。『ペリカン野郎め! 今すぐ叩きのめしてやるぞ!』と大声で叫んだんです。“前哨戦”は猪木さんの完勝でした」
ファイトマネー交渉も一筋縄ではいかなかった。
「アリ側は1000万ドルで一切譲らない。猪木側は600万ドルを提示した。膠着状態を打ち破ったのは、アリ本人の一言でした。『600万ドルは吞めないが、600万ドル以上ならOKだ』─結局610万ドルで決着です」
アリへのファイトマネー610万ドルは、すべてNETが保証した。試合前に180万ドル、試合後に120万ドル、クローズドサーキット(米国内での有料観戦システム)の収益から310万ドルを支払うという内訳だった。
ニューヨークではビンス・マクマホン・シニア率いるWWWF(現WWE)と組んで興行を行ったが、これはアメリカのプロレス市場を支配していたNWAに対抗するための共同戦線でもあった。ジャイアント馬場はNWAと非常に親密であったから、猪木は対抗策としてNWAを離脱したマクマホンとタッグを組んだのである。猪木VSアリ戦はプロレス界の勢力争い、政治闘争の面もあったのだ。
結果を先に言ってしまえば、猪木VSアリ戦は興行的には失敗し、アリ側はNETのニューヨーク支局を差し押さえてきた。最終的に実際に支払われた金額は180万ドルに留まったが、猪木VSアリ戦はNETと新日本プロレスに多大な代償をもたらすことになる。
舟橋慶一(ふなばし・けいいち)1938年生まれ。62年にNET(日本教育テレビ/現テレビ朝日)入社。アナウンサーとして「ワールドプロレスリング」実況など多数の番組を担当。
福田竜一(東京新聞)
写真提供/山内猛
アサ芸チョイス
ドジャース・大谷翔平の第二子誕生をめぐって、フェミニストを名乗る女性たちがSNS上で「多産DVだ」「年子出産は女性虐待だ」と騒いでいる。大谷夫妻は昨年4月20日に第一子誕生を報告、この6月20日に第二子誕生をアナウンスした。これら誹謗中傷コ...
記事全文を読む→一発出たら同点。3-7と4点をリードされて迎えた7回裏、二死満塁の場面。この日いちばんの勝負どころで、広島・新井貴浩監督がベンチから送り出した代打は捕手・石原貴規だった。結果は空振り三振。最大の山場でなぜ、より長打を見込める打者を送り込まな...
記事全文を読む→これはトレードのショーケースなのだろうか。そう思ってしまったのは、阪神タイガースの梅野隆太郎捕手が2軍から再昇格し、6月23日のヤクルト戦に即スタメン出場して攻守に高い能力を見せつけたことだ。1-0とリードした5回に二塁打を放ってチャンスメ...
記事全文を読む→
