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記事全文を読む→松井秀喜 「逆襲のフルスイング」(5)
メジャー昇格直後に、ツーランホームランを放ち、健在ぶりをアピールしたレイズの松井秀喜。プロ入団以来、長年親しんできた背番号「55」から「35」に変更して、心機一転。その裏には、チーム事情のみならず、プロとしての矜持が込められていたのだ。
監督も絶賛「マツイは真のプロ」
松井秀喜外野手(37)がメジャー昇格と同時に“一発回答”を出した。5月29日(現地時間)、タンパベイ・レイズに合流し、いきなり「6番・左翼」でスタメン出場した。メジャー通算4球団目となる白地の新ユニホームに刻まれた背番号は「55」ではなく、「35」。若手有望株の左腕、マット・ムーアが「55」を付けているため、「空き番号」の中からこの背番号を選んだという。
新ユニホームに袖を通した直後、松井はジョー・マドン監督に呼ばれた。
「3Aダーラムの遠征先であるインディアナポリスからレイズの本拠地・セントピーターズバーグまで、松井は飛行機で4時間強の強行移動でした。27日にも3Aで『ダーラム─ノーフォーク間』を陸路で3時間以上もかけて移動していたので、マドン監督は松井のコンディションを心配していました」(米国人スポーツライター)
しかし、松井は「アイム、レディ」と即答した。
「準備はできている」
その不退転の決意が第2打席での一撃につながり、マドン監督も「マツイは真のプロフェッショナルだ」と確信した。
スタンドのファンも“ニューゴジラ”を拍手で迎えた。
この日の報道陣の数は日米合わせて、約50人。好奇の目、独特の緊張感が漂う中で結果を出したのは、さすがである。翌日の地元メディアも「マツイのバットがレイズに利益をもたらす」「尊敬すべきマツイがみずからの価値をすぐに証明した」(タンパ・トリビューン・電子版)、「敗戦の中での光明」(タンパベイ・タイムズ)と、好意的に伝えていた。
「ダイヤモンドを一周した時は厳しい表情でした。ナインに出迎えられ、初めて笑顔が見られました。緊張していたと思います」(現地特派員の一人)
試合後、松井は報道陣の要請で会見に応じている。「マイナーでの1カ月間」について聞かれると、少し考えてから、「このあと、いいプレーができれば、いい期間だったということになるんじゃないですか」と答えた。「35番」の新しい背番号を選択した理由については、こう答えている。
「5番も残したかった。一番の理由は師匠の番号を一ついただきました」
師匠とは、説明するまでもないだろう。長嶋茂雄巨人終身名誉監督のことである。巨人時代の両者の関係をよく知るプロ野球解説者の橋本清氏が、松井の心境をこう評する。
「55番にこだわっているのは日本のファンだけで、とにかく、メジャーでもう一回プレーしたい・・・。その気持ちが松井本人にとっての最優先だったと思います。左膝の故障のことが長く懸念されていたが、松井は昨季、何試合か(課題の)守備にも就いているし、レイズがいくら故障者続出でも、DHで打つだけだったら、今日の契約はなかったと思います。『守備もできる』ということも証明できたから、復活できたんでしょう。今後も厳しいサバイバルレースが続くと思いますが、いいスタートが切れたんだから頑張ってほしいし、長嶋さんも皆も応援していると思います」
師匠・長嶋氏は各メディアを介してエールを送っている。
「松井君らしい豪快なホームランに感動しています。シーズン途中に、しかもマイナーからのスタートでしたが、そこからはい上がり、(中略)そのたびに逆境を乗り越えてきた彼の強さを見た気がしました。本拠地のファンをつかんだ背番号『35』のさらなる活躍を心から祈っています」
この「師弟関係」こそが、松井をマイナーからはい上がらせた原動力と言っても過言ではないだろう。
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