長嶋が伝授した奥義は、打撃だけではない。守備でもこだわりを注入した。
「松井は高校時代にサードを守っていましたが、プロ入り後は強制的に外野にコンバートされました。『打球がいちばん飛んでくるのはセンター』という持論を持つ長嶋さんは、将来的に大事なセンターラインを守らせたかったのでしょう。サードに後ろ髪ひかれる松井に対し、30〜40年代にかけてMLBで活躍したヤンキースのジョー・ディマジオを引き合いに出して、『日本のディマジオを目指せ』と説得したのは有名な話です」(松下氏)
ディマジオは「56試合連続安打」のMLB記録を樹立したスタープレーヤー。「史上最も華麗なセンター」と呼ばれ、強打の外野手として3度のシーズンMVPに輝いている。
「長嶋さんが立大時代に憧れた大リーガーでした。当時の監督に走攻守三拍子の評判を聞いて、トリコになったといいます。私にも『ハリウッドのナンバーワン女優であるマリリン・モンローが、なぜディマジオに惚れたかということです。ヤンキースのスラッガーだったからじゃない。彼の品位、品格、品性に魅了されたからですよ』と熱っぽく語っていましたからね」(松下氏)
この「品位、品格、品性」は、松井にもしっかり引き継がれていたようだ。
「松井はバッターボックスに入るたびに審判に会釈をしていましたが、そんな選手は当時のNPBに1人もいませんでした。公の場で他人の悪口を言うこともない。マスコミとの距離感にしても、サービス精神豊富だったミスターさながら大事にしていた。マスコミの先にいるファンあってのプロ野球。その意識を長嶋さんから口酸っぱく指導されていたようです」(球界関係者)
松井はMLBでも、師匠が憧れたレジェンドと同じポジションを守る機会を得た。そして09年にはワールドシリーズでMVPを獲得。メジャー志向だったミスターの代わりに、ヤンキースで日本人野手として戴冠を果たしたのだ。
「次なる継承ポイントは、名選手から名指導者です。現在も後進の育成のために子供向けの野球教室を日米で開催しています。『指導者になってほしい』というミスターの遺志を松井なりに解釈して体現しているのでしょう」(球界関係者)
長嶋が作り上げた特別なスーパースターが、他に比類なき遺伝子を孫弟子に継承する日は訪れるか─。