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記事全文を読む→天才テリー伊藤対談「水崎綾女」(3)デビュー時は誰も信じていなかった
テリー その後、15歳の時にホリプロのタレントスカウトキャラバンで「ヤングサンデー賞」を受賞して、上京するんだね。
水崎 そうです。今は「ヤングサンデー」という雑誌がなくなったので、プロフィールでは「ベストグラビア賞」に変わっているんですが。
テリー じゃあ、最初はグラビアの仕事が多かったんだ?
水崎 そうですね。優香さんの妹分みたいな扱いでグラビアをやったり、バラエティに出させてもらったりして。当時のキャッチフレーズは「平成生まれのFカップ」でした(笑)。
テリー いいねぇ、Fカップ! 初めてオッパイの谷間を仕事で見せた時は、どんな気持ちだった?
水崎 「仕事だから」という覚悟はありましたね。そのために、高校も行かなかったですし。
テリー おお、気合い入ってるなぁ。今の仕事は芝居がメインみたいだけど、最初から役者志望だった?
水崎 いえ、最初はあんまり好きじゃなかったです。とにかく演技するのが恥ずかしくて。最初に演じたのがキャピキャピした女子高生の役だったんですよ。私自身がそういう部分をまったく持っていないから、どう演じていいのか、全然わからなかったです。
テリー うん、確かに持ってなさそうだ(笑)。
水崎 アハハハハ! たぶん、今はちゃんと演技できると思います。でも15、16歳の時は‥‥。
テリー 世の中を斜めに見てるよな。
水崎 はい。誰も信じてなかったですし。
テリー いきなり重たいね、そりゃまた何で?
水崎 震災の時に、大人の汚いところをいっぱい見ちゃいましたから。最初はみんなで助け合おうとするんですけど、その生活に慣れてくると救援物資を横取りしたり、配給の列に並んでると突き飛ばしたりするような、他人のことを考えない人が増えてくるんです。今思えば、その人もストレスがたまっていたんだろうし、生きるのに精いっぱいだったと思うんですけど。
テリー クールだね。そんな水崎さんから見て、芸能界はどんなところだった?
水崎 最初は憧れというより、「生きるための手段」でしたね(笑)。一日も早く家族を養ってあげたいと思っていたんですけど、実際に始めてみたら「ちょっと難しいな」と。
テリー 思ったより稼げなかった?
水崎 はい(笑)。でも、その中で「女優」という、ずっとやりたいと思える仕事を見つけられたので、今は本当によかったと思っています。
テリー そう思えたのは、何かきっかけがあったのかな?
水崎 17歳の時に「キューティーハニー THE LIVE」というドラマに出演させてもらったんです。
テリー ああ、永井豪さん原作の、セクシーなアクションヒロインものだね。
水崎 その作品には3人のヒロインが登場して、私はその中の1人(早乙女ミキ)を演じたんです。その役は、人と関わり合うことで傷つけてしまうことを怖れて、なるべく他人と関わらないように生きていくキャラクターだったんですが、当時の自分にすごく似ていると感じて、役にすごくハマり込めたんです。その時初めて、「女優って今までの自分の経験が生かせる仕事なんだ。すごくおもしろい!」と感じまして。
テリー 役を自分のものにすることができたんだね。
水崎 そうなんです。そこから、この仕事を一生続けていきたいな、と思ったんです。
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