エンタメ
Posted on 2012年07月02日 11:00

森高千里「私がオバサンになっても」(前編)(3)背中の痛みに耐えステージへ

2012年07月02日 11:00

 デビュー直後の森高は、息つく暇もないスケジュールに追われていた。87年5月、映画の公開に先駆け、CDデビューした森高は、秋には学園祭ツアーのスケジュールも組まれていた。そのツアーに先立つ初ライブにも風見しんごは、足を運んだという。

「『初めてライブを行うのでぜひ見にいらしてください』と誘われて行きました。僕の中では森高さんというと、女優さんのイメージのほうが大きかったのですが、歌手としてステージに立つと生き生きとしたまなざしで、女優をしている時とは全然違って見えましたね。

 あとになって、デビュー当時も体調を崩されていたようなことを聞きました。ライブ当日も腰だったか背骨だったか、ものすごい激痛なのに『ファンの人が待っているから』とステージに立ったという話を聞きました。映画も過酷なロケでしたが、やっぱり芯の強いのは変わりなかったんでしょうね」

 デビュー当初は、おおよそ本人も説明のつかないほど、多岐にわたる活動をこなしていった。

 アイドルと歌手、女優、そしてアーティストが混在したノンジャンルの不思議なポジションにいた森高だが、ついには病気がきっかけとなり、コンサートツアーを中止する事態に陥ってしまう。

〈原因は体調不良による緊急入院、病名は「急性腸炎」原因はストレスによるものだった〉

 こうした様子を波多江はこう見守っていた。

「デビューして1年目くらいは彼女が『熊本に帰りたい』とこぼしていると人づてに聞きました。もともとコンテストにも、友達と一緒に出たら、たまたま優勝してしまったようなものですから。彼女はああ見えてやりたくないことはガンとしてやらない頑固なタイプ。芸能界に二の足を踏んでいたんじゃないかな」

 森高はこの時の経験を「ザ・ストレス」という歌にしている。ちなみに、過酷なデビュー映画で見た北海道の雪景色は「銀色の夢」という歌のモチーフとして、のちに作品として昇華させているのだ。転んでもタダでは起きない、負をも正へと変えてしまえるアーティスト根性こそ森高の真骨頂なのかもしれない。

 これがきっかけとなり、森高は、これまでの「二足のワラジ」を1つにしぼっていった。

 歌手・森高に風見が再会したのはその翌年の88年暮れのことになる。

「当時、TBSで『キラリ熱熱倶楽部』という音楽番組で司会をしていましたが、そのゲストとして彼女が来てくれたんです。映画の撮影以来久しぶりに会ったので、お互い映画のロケは本当に大変だったねと話したことを覚えてます。でも、僕の中では毛糸の帽子の高校生だった森高さんが、すっかりミニスカのシンガーに変わっていたのが不思議な感じでしたね」

 アーティスト・森高千里がさらに進化するのはまだこの先のことである。

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2013年11月26日 10:00

    11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年05月02日 18:00

    三陸沖で再び地震が発生し、富士山噴火を危惧する特番が組まれ、高市政権は武器輸出を解禁─この不穏な流れは何かの兆しなのか?いち早く察知したのは「Mr.都市伝説」関暁夫氏だ。30年以上前に作られたカードが、驚愕の未来を暗示しているという。いった...

    記事全文を読む→
    スポーツ
    2026年05月03日 18:00

    世界の大谷翔平の背中を追う「後継者」が、同じ米国で静かに存在感を強めようとしている。日本を経由せずに米大学で名を馳せて、即メジャー入団を夢見る怪物のことだ。ところが今、その進路を巡って“別シナリオ”が確定的と言われているのだ。は...

    記事全文を読む→
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/4/28発売
    ■680円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク