アストロズの今井達也がオープン戦2度目の先発マウンドに上がったのは3月6日だったが、2回被安打1四球3奪三振と好投した。「30球を投げて19球がストライク。制球力が高いという前評判の通りでした」(現地記者)同時に聞こえてきたのは「意外な評価...
記事全文を読む→千代の富士 「通算1045勝・優勝31回」腕立て伏せ1日500回でつかんだ“大横綱”人生
元横綱・千代の富士(享年61)が7月31日に膵臓ガンで急逝した。小さな体で巨漢力士をなぎ倒し、歴代2位となる1045もの勝ち星をつかんだ「大横綱」。彼を知る誰もが、その早すぎる死を悼んだ。
「千代の富士は若い頃、体の小さいわりに相撲が大きすぎた。負けん気が強くて、投げにこだわるあまり、肩の脱臼を繰り返しました。ところが、右おっつけ、左前みつの正攻法の取り口に変えて、横綱への道を切り開いたのです」
こう語るのは相撲ジャーナリストの杉山邦博氏だ。力士として大成するには、肉体改造が必要だった。
「四日市中央病院に入院した時の話です。千代の富士はリハビリとして、右肩が抜けないように筋肉で固めることを院長から勧められた。それからなんと、1日500回の腕立て伏せを己に課して、黙々と実行したんです」(スポーツ紙記者)
その結果、二の腕から肩にかけ、みごとな筋肉で盛り上がった和製ヘラクレスの体形が完成するのである。81年に26歳にして横綱昇進を果たし、30代には53連勝を記録するなど全盛期を迎える。
相撲ジャーナリストの中沢潔氏が言う。
「当時、相撲界には大乃国、双羽黒、北勝海ら人気力士がいたが、これといった敵がおらず、着々と優勝を重ねました。結果的には大鵬の持つ32回には届かなかったが、31回の記録を残した。地元の北海道には鈴木宗男という実力派の衆議院議員がおり、その尽力もあって国民栄誉賞を受賞。大鵬は記録で及ばなかった千代の富士が、自分を差し置いて最大の栄誉を手にしたことに立腹していたとも言われています」
引退後は親方として元大関・千代大海ら多くの関取を育てた。それでも相撲協会の理事長になるどころか、14年には理事選では落選の憂き目を見た。
「歯に衣着せぬ物言いや、傲慢不遜に見られる性格が災いした」(関係者)
だが、師匠で解説者の北の富士はその訃報に触れ、
「口は悪いが、腹はそれほど悪くなかった」
とコメントした。元担当記者がエピソードを明かす。
「九重部屋の近くにあるスナックに、よく呼び出されました。新人の記者にはよく『儀式だから』と、アイスペール(氷入れ)に酒をなみなみと注いで一気飲みさせていました。しかし、記者が潰れると、部屋から若い力士を呼んで介抱させるんです。かくいう私も、目覚めたら九重部屋の客間だったということが、何度もありました。豪快な反面、気遣いができる人でした」
また、現役時代に巡業で定宿にしていた旅館の元従業員はこう話す。
「翌日に巡業を控えているにもかかわらず、逆鉾関ら気の合う力士と朝まで趣味の麻雀をしていました。当時すでに親方になっていた大鵬さんはその輪には加わらず、『アイツは絶対に勝つまでやめないからな』と早々に自室に引き揚げていったのを覚えています」
土俵の外でも“勝負の鬼”だった。合掌──。
アサ芸チョイス
最近のカルチャーシーンにドーンと鎮座するものに「昭和レトロ」がある。とりわけ主婦層の間では昭和歌謡や復刻家電、駄菓子風スイーツなどがSNSで大きな話題となり、「推し活」の一環としてグッズを集める動きが拡大している。しかし同じ「昭和回帰」でも...
記事全文を読む→例年よりも早い桜の便りが届いている、2026年の初春。東京では上野恩賜公園や代々木公園といった有名花見スポットは、記録的な円安で押し寄せたインバウンド客と、宴会制限が完全に撤廃された解放感に浸る日本人で、まさに足の踏み場もないカオス状態が予...
記事全文を読む→スマホの通知に追われる日常から、少し距離を置く。そんな「デジタルデトックス」では、若者が編み物や日記、フィルムカメラといったアナログ趣味にハマるケースが報告されているが、この流れは中年層にもじわじわと波及している。その背景にあるのは、仕事で...
記事全文を読む→

