連れ合いの従姉Aさんが小脳と大脳の出血で倒れたのは、昨年3月のことだ。帰宅途中に体調が悪くなったので、必死の思いで自力で救急車を呼び、一命を取り留めることができたが、一時は生命の危機が迫る事態だった。お見舞いに行こうと思っていたのだが、コロ...
記事全文を読む→広瀬すずの“プ女子”宣言で再注目!「女子プロレス」が育てた吉本芸人とは?
広瀬すずが女子プロレス好きを公言しているが、そんな女子たちを“プ女子”と呼ぶ現象も起きるほど、プロレス人気が高まりを見せている。
あのお笑い帝国の吉本興業もこんな日が来ることを予測したのだろうか、1995年に女子プロレスに参入している。
「吉本女子プロレスJd’(ジェーディー)という新団体で、ジャガー横田や元クラッシュ・ギャルズのライオネス飛鳥などがメインの選手でした」と言うのは、当時取材した格闘技系雑誌のライターだ。
吉本の看板をフル活用して、覆面コミッショナーにはあの桂三枝(現・桂文枝)が就任。西川きよしもリングに上がり、天然ボケのきよし節で会場を爆笑の渦に巻き込んだ。
テレビのバラエティ番組で芸人と女子プロレスラーが絡むことはよくあったが、試合の合間の余興として芸人が登場することに対しては、プロレスファンから反感を買うこともあったようだ。
「しかし、そのリングに上がった芸人はその後、どんどん売れていきました。タカアンドトシ、雨上がり決死隊、博多華丸・大吉、バッファロー吾郎、ケンドーコバヤシ。イベント司会者をしていた極楽とんぼも売れました。一時期は、プロレスのリングで冷笑を浴びた芸人は売れるというジンクスが生まれたほどです」(前出・格闘技雑誌ライター)
当のJd’は、旗揚げしたその年から興行動員・収益が厳しく、吉本は発足から8年後に事業から退いた。その後は経営権が譲渡され、団体名の改称、コンセプトの根本的見直しなどで立て直しを図ったが、07年にマット界から完全撤退した。あれからちょうど10年。よしもとは今の“プ女子現象”をどう受け止めているのだろうか。
(北村ともこ)
アサ芸チョイス
昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...
記事全文を読む→鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...
記事全文を読む→今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...
記事全文を読む→

