スポーツ
Posted on 2012年09月19日 10:59

プロ野球「師弟の絆」裏物語 第3回 谷繁元信と権藤博の「一意奮闘」(3)

2012年09月19日 10:59

「アイツは古田を追い抜いた」

 また当時の権藤は全体ミーティングをやらない主義だった。その理由は選手の自主性を失わせるというものであった。

「スコアラーが中心になってやる全体ミーティングはなかったけれど、気づいた場面で、『何であの球を選択したのか』と理由を聞かれました。結果については、何も言いませんでしたけど、そのプロセスについては、いろいろ教わった」

 谷繁は権藤との個人ミーティングについて、こう話していた。それはある意味では「やるのは選手なのだから、選手の判断を大切にしたいから」という理由であった。

 こうした選手の自立性に任せた“采配”を公然と批判したのは、当時、阪神の監督だった野村克也だった。「バントをしない」「ミーティングはしない」「夜間練習はしない」という権藤流の野球について、厳しく批判していたことがある。

 だが、横浜で優勝した98年の暮れ、外国人記者クラブに招かれた講演で、記者の質問にこう答えている。

「ID野球かどうかわかりませんが、来年、阪神と戦っていても、絶対に負けることはありません。阪神とウチの選手を比べたら、明らかにウチの選手がいい。特に捕手が違います。やるのは選手なのですから」

 プロの集団である以上、自主的に判断できるというような体制作りが必要と考えていた。そして権藤は、谷繁については事あるごとにこうホメあげた。

「アイツはついに古田(敦也=ヤクルト=)を追い抜いた存在になった」

 ところが翌年、チームの成績が低迷すると、選手の自主性を尊重する権藤の采配に内部からも不満の声が上がるようになる。そして00年のシーズン終了後に4年間の契約満了をもって、森祇晶に監督を交代する。

 そうした中で谷繁は、野手陣の中でただ一人、最後まで権藤の考え方を支持した。そんな経緯もあり、しだいにチーム内での居場所を失っていく。

 そして、02年に谷繁はFAで中日に移籍した。この決断の際にも谷繁の脳裏に浮かんだのは、権藤が言い続けてきた「理屈や経験よりも今これからを戦う現場の感性を考えろ」という言葉だった。「どうせ命まで取られないのだから行け」という攻めの気持ちが、谷繁を前に向かせ、新天地へ向かう後押しとなったのだ。

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