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記事全文を読む→ビートたけしの金言集「“浅草ロック座”斉藤ママとの良き思い出」
「豪快な人で、女でよかった。男だったら全国制覇しているか、殺されるかだった。かわいくて、優しくて、軍団にも小遣いをくれた。前は土曜、日曜に必ず会いに来てたけど、レギュラーの仕事が入っちゃってね。浅草に来んのもつまんなくなっちゃったね」
5月初旬。「浅草ロック座」斉藤智恵子名誉会長がお亡くなりになり(享年90)、駆け付けたお通夜の席で、報道陣に囲まれた殿は、先の言葉を漏らしたのです。
生前、殿が「斉藤ママ」と呼び慕っていた、浅草興行界のゴッドマザーと殿の縁は古く、わたくしたち軍団若手も、ただ“たけしさんの所の弟子”というだけで大変お世話になり、亡くなる直前まで、本当にかわいがっていただきました。
36歳で踊り子に転身し、その後、劇場の営業権を獲得。努力と商才で、全国に約20カ所の「ロック座」チェーンを展開させた斉藤ママについて殿は、
「何てったって、あの時代に女が一人で興行の世界で上がっていくんだから、並大抵の根性じゃないだろ」
と、その“豪快人生”に、いたく共鳴し、10年程前には、斉藤ママの半生を映画化しようと、台本にまとめたこともありました。
で、殿の発言にもあるとおり、一時期は毎週末、殿と軍団の若手十数名で、斉藤ママと食事会をしていたのですが、殿がどうしてもうかがえない日があっても、「監督(斉藤ママは生前、殿のことをこう呼んでいました)が来れなくたっていいの。あんたたち軍団と会うのも楽しみなんだから。監督抜きでもとにかく来なさい!」と、わたくしも含め、“無名の芸人の集団”を常にかわいがり、目をかけてくれたのです。ひと頃やたらと、殿抜きで斉藤ママと若手が食事をする夜が続いたことがあり、そんな時、
「何でお前らが俺抜きでママと遊んじゃうんだよ。俺がママを紹介したんじゃねーか!」
と、殿からツッコまれたこともありました。一方、殿が出席すると、
ママ 私があと10年若かったら、監督の女になってたのにね~。
殿 ママ、10年若いっていったって、70でしょう。俺が困るよ。
そんなやりとりが定番でした。本当に、斉藤ママとの想い出は、どれも楽しいものばかりでした。
お通夜から4日後、殿は思い出したように、
「近いうち、ママの豪快伝説を語る会を開かなきゃダメだな。沖縄の蛇の話なんか最高じゃねーか!」
蛇の話とは、沖縄に「抱くと運気が上がる白蛇」がいて、ママがその蛇を抱いた翌日、その蛇は息絶えてしまった、といった話です。
「白蛇がママに精気吸いとられて死んじゃったんだから。ママのパワーのほうがすごいんだから」
殿はうれしそうに、そう語るのです。
斉藤ママ。未熟で若輩者の集まりの軍団若手を、これからも天から見守ってください。寂しくて仕方ありませんが、ちょっとの間、一旦さようならです。本当にありがとうございました。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!
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