1915年に開催された第1回の夏の選手権から出場を果たしながら、90年もの間、栄冠に届かなかった高校がある。東京の名門・早稲田実である。その間、春の選抜では1度優勝を果たしたものの、夏の選手権では2度の準優勝が最高だった。あの王貞治(元・読...
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この夏の第100回大会を迎えるまで、大阪桐蔭は春3回、夏4回の全国制覇を果たしている。そしてそのうちの6回が2008年の夏以降の優勝なのだ。最初の優勝は、現在の西谷浩一監督時代ではなく、チームを率いていたのは営業マンから転職した長沢和雄だっ...
記事全文を読む→日大三(西東京)といえば、もはや甲子園の常連というイメージだが、80~90年代にかけての夏の甲子園出場はわずか2回しかない。春夏通算3度の全国制覇を果たしてもいるが、実は夏よりも春の優勝のほうが早く、1971年の第43回大会にまでさかのぼる...
記事全文を読む→夏の甲子園で沖縄県代表が初めて全国制覇を成し遂げたのが、2010年の第92回大会である。それまでに春選抜での優勝は3回あったものの、夏の選手権では2年連続の準優勝が最高成績で、栄冠にあと一歩届かず涙を飲んできた。そんな沖縄県勢悲願の夏制覇を...
記事全文を読む→現在、春夏の高校野球全国大会は甲子園球場で行われているが、1915年と翌16年に行われた第1回、第2回大会は大阪府にある豊中球場がその舞台だった。だが、次第に高まる野球熱もあって人気が拡大。豊中球場では大観衆の輸送がままならないということで...
記事全文を読む→今春の選抜準優勝ながら、今大会は近江(滋賀)の前に初戦敗退を喫した智弁和歌山。持ち前の打線の不発が敗因の一つに挙げられるが、それほど智弁和歌山といえば“強打”“猛打”のイメージが強い。智弁和歌山=“打”というのが代名詞となったのは、何といっ...
記事全文を読む→“高校野球史上最強のチームは?”という命題が語られる時、オールドファンからはよく戦後最初に現れた最強候補として1960年第42回夏の選手権を制した法政二(神奈川)の名が必ずといっていいほど挙がってくる。のちにプロ入りしたり、社会人や大学で活...
記事全文を読む→今大会で史上初の2度目となる春夏連覇を目指す大阪桐蔭。達成されれば夏の優勝回数は史上3位タイの5回目となる。そして、現在その3位につけているのが、春の選抜でも2度の優勝を誇っている古豪・松山商(愛媛)である。実は松山商は夏5度の優勝のうち、...
記事全文を読む→第100回を迎える長い夏の選手権の歴史の中で史上唯一、サヨナラ本塁打で優勝を決めたチームがある。1977年の第59回大会のことだ。この大会では彗星のごとく現れた東邦(愛知)の1年生投手・坂本佳一(法大-日本鋼管)がその実力とアイドル顔負けの...
記事全文を読む→甲子園では、大会前にはほぼノーマークだったチームが快進撃を見せ、旋風を巻き起こすことがある。今大会も前評判はさほど高くなかった下関国際(山口)が2012年の宇部鴻城以来6年ぶりに県勢として3回戦進出を果たし、伏兵的存在となっている。その山口...
記事全文を読む→大阪府代表は記念大会に強い。1958年の第40回大会が初めて記念大会として開催されて以降、実に5回も優勝しているのだ。その大阪府代表にとって初の記念大会優勝となったのが、’63年の第45回大会。同年春の選抜であっけなく初戦敗退を喫した明星が...
記事全文を読む→関東地方1都6県の中で、唯一ずっと夏の選手権での優勝経験がなかったのが埼玉県勢だった。その埼玉県に初めて深紅の大優勝旗がもたらされたのが昨年、2017年。第99回大会のことである。県勢初の快挙を成し遂げたのが花咲徳栄。投が先発・網脇彗(東北...
記事全文を読む→高校野球ファンにとって“縦縞のユニフォームのチームといえば?”と聞かれれば、ほとんどの人が馴染みとなっているのが帝京(東東京)だろう。2011年の第93回夏の選手権を最後に聖地からは遠ざかっているが、平成だけで夏2回、春1回の全国制覇を達成...
記事全文を読む→高校野球界には長きに渡って“悲願の優勝旗の白河の関越え”という言葉がある。東北地方のチームがいまだに春夏の甲子園で優勝できてていないことを指しているのだが、2004年にこの白河の関を一気に飛び越えて、初めて北海道へと優勝旗が降り立った。第8...
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