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新★リーダーシップ論 第2回 田中角栄

渡部恒三「官僚を使いこなすため、彼らの経歴を全部頭の中に入れていたよ」

 朝日新聞の「この1000年の政治リーダー読者人気投票」で、坂本龍馬、徳川家康、織田信長に続き4位に選ばれた田中角栄元首相。日本列島改造、日中国交正常化など難しい政治課題を次々こなした辣腕ぶりは、日本が今、最も必要とする指導者かもしれない。その人物像を、当時、自民党田中派の七奉行の一人だった民主党の渡部恒三最高顧問が語った──。

公認詔書を破り捨てると…
 オレとオヤジの出会いは昭和44年の衆議院議員初当選に遡る。
 当時の選挙は中選挙区。オレは竹下登、金丸信という田中派の重鎮が運動してくれたが、党の公認を得られず、福島2区から無所属で立候補して当選を果たした。
 当時のオヤジは自民党幹事長。しかし、別の候補者を応援していたので、支持者にとっては憎らしい存在だった。ところが、NHKが幹事長室から報道していた時に「福島2区で渡部恒三氏が当選」と伝えられると、オヤジは、
「あいつはすばらしい男だ。70年代は、ああいうすばらしい男が活躍してくれないといけない」
 と持ち上げた。
 すると、テレビを見ていた、ほんの今まで反田中の急先鋒だった支持者は、よほど感激したのか、
「恒三さん、こりゃあ、田中派に所属しないといけない」
 と舌の根も乾かぬうちに転んでしまった。
 結局、自民党の公認を得られなかった11人が無所属で当選を果たしたが、追加公認によって自民党は300議席の大勝利を収めた。ちなみに、森喜朗もその一人だったよ。
 が、当のオレは、
「何言ってるんだ。追加公認なんかいらねえ」
 と強がっていた。しかし、その年の12月、列車で上野駅に降り立つと、金丸さんと竹下さんが迎えに来ていたんだな。しかも、幹事長は党でお待ちかねだという。
 竹下さんは早稲田の先輩だし、行かないわけにはいかない。党に出向くと、「おめでとう」とオヤジから公認詔書を渡された。しかし、オレも若かったんだな。
「こんな紙切れ」と公認詔書を破り捨ててしまった。
 そしたら、さすがに向こうも、
「いいか、キミは民社、公明の票で当選したんだぞ。もし、あの時、公認していたら、キミは当選していなかった。だから、公認しなかったんだ。それがわからないのか」
 と言われて、オレも黙ってしまった。確かに、オレは民社、公明の票で当選を果たした。ちゃんと調べているんだな。
 しかも、オレがいつ何時の列車で上京してくるのかも調べて派閥の重鎮を迎えにやる。陰で努力もしているんだよ。オレは感激して、オヤジの子分になったよ。

1年生議員の誕生パーティを
 常に先のことを考えて行動するオヤジは1年生議員44人のうち、オレと小沢一郎君の誕生日が5月24日の同じ日であることにすぐに気づいた。
 ちなみに、オレは昭和7年5月24日で小沢君は昭和17年5月24日。
 そこで、われわれの合同誕生パーティを開くことにしたんだ。2年生議員はどこかにひっついているが、1年生議員といえば、どの派閥に所属するか、まだ白紙の状態。オヤジはできるだけ多くの1年生議員を田中派に引き入れるよう、酒を飲む機会を作った。
 1人に誕生パーティをやったら、みんなにしなければならない。しかし、合同誕生パーティなら、大義名分もできるし、断る議員もいまい。そう読んでの発案だったが、案の定、全員が出席した。いや、なかなかのアイデアだな。
 さて、オヤジの一番の政治実績といえば、やはり何といっても日中国交正常化だろう。
 佐藤栄作政権下の日本にとって中国といえば台湾を指していた。中華人民共和国との正常な国交は重要な政治課題だった。
 そんな時、(日中友好に挺身した)自民党の川崎秀二議員から、北京へ行かないかと誘われた。その頃、社会党や公明党は中国と親しく、よく訪問していた。オヤジは通産大臣を務めていたが、ダメだと言われるのを覚悟で行ってもいいか許可をもらいにいった。 そしたら、オヤジは開口一番、
「いや、それはいい。行ってこい」
 しかも、当時中国との間では覚書貿易(LT貿易)が行われていたが、オヤジは「ここに相談するといい」と通産官僚を紹介してくれた。
 この時の中国訪問はオレの政治生活で一番の自慢なんだが、人民大会堂新疆の間で行われた晩餐会で、オレは周恩来首相を前にしてこう発言した。
「中国は一つで、中華人民共和国こそが中国を代表します。そして、日本と中国が正常な国交を持つことは世界のため、アジアのため、何よりも大切なことです。日本では1年足らずで田中が首相に就任し、真っ先に中国を訪問します」
 すると、周恩来首相は満面の笑みを浮かべた。
 そして、「干カン杯ペイ、干杯」とマオタイ酒を3杯も乾杯した。1年と言った期間がわずか半年足らずで、田中内閣が誕生した。 オヤジは約束どおり、すぐさま北京を訪問すると、懸案だった日中国交正常化を成し遂げたんだ。

中国外交推進と「首相の座」
 オヤジが凄いのは、大胆な、ある種、荒唐無稽とも思えることを口にしながら、その実、やっていることはとてもデリケートで計算し尽くされていることだ。
 ポスト佐藤を巡っては「三角大福中」、つまり三木(武夫)、田中、大平(正芳)、福田(赳夫)、中曽根(康弘)という派閥の領袖が水面下で次の総理の座を狙っていた。本命は田中か福田。そのため、「角福戦争」が繰り広げられていた。
 しかし、福田赳夫は当時外務大臣。日本は台湾とつきあっていただけに、表だって中国との外交なんて言えなかった。
 一方、三木、中曽根も中国との外交を進めるべきとの考えだった。「中国と正常な外交を結ぶべき」
 そうした考えをオヤジが堂々と表明し、オレの中国訪問を許したのも三木、中曽根を味方につけて、首相に就任できると読んでいたからなんだな。
 佐藤首相は福田を応援したが、オヤジは三木、中曽根の支持を得て首相に就任した。
 官僚をうまく使いこなすのもオヤジの特技だった。当時、議員にとっては大蔵省の主計官と仲よくすることが予算を取る最良の道だった。
 オヤジは役人の経歴は実によく知っていた。通産官僚からトヨタの副社長になった人物は何年に東大を卒業して、役所に入ったとか、あいつは何年入省だとか、OBの誰それはいつ辞めて、それからどこどこを経て、今はどうしているとか。全部、頭の中に入っているんだ。
 オレはそんなオヤジに感心して言ったよ。
「おやっさんは東大OB会の事務局長になれますよ」
 それくらい彼らのことを知っていないと、使いこなすことはできないんだな。

目白の自宅にいきなり呼んで
 これは会津・喜多方と米沢を結ぶトンネルを掘りたいと陳情に行った時のことだ。
 大臣室に入ると、ちょうどオヤジは日本地図を広げて、役人と話し合っていた。広げた地図には赤や黒の鉛筆で線が引っ張ってある。
 オレがトンネルの件を切り出すと、新潟─会津─郡山─いわきに引っ張られた赤い線を見ながら、オヤジはこう言った。
「ここに高速道路を造るんだ。キミもこれくらいのことをやらないとダメだ」
 オヤジは役人らと日本列島に建設する新幹線や高速道路について、話し合っていたんだな。
 オレは会津が地元だが、高速道路を通って郡山へ行き、そこから新幹線で東京へ行くと、わずか2時間半。地方がとても近くなり、みんな喜んでいる。オヤジの考えはスケールが違うよ。
 大胆にして細心という形容がオヤジを表現するのにうってつけだが、礼儀正しい人でもあった。
 オレが当選4回。そろそろ大臣になっても不思議ではない頃、オヤジに呼ばれた。驚いたのは目白の自宅へ呼ばれたことだ。
 当時、自宅へ上がれるのは二階堂進や西村栄一といった長老だけ。金丸さんや竹下さんでさえ、目白の事務所でしかオヤジに会えなかったんだ。
 それが自宅へ。家へ上がると真紀子さんがメロンを出してくれたりしたよ。
 そして、オヤジはこう言ったんだ。
「渡部、頼みがある。真紀子が直紀を衆議院に出したいというんだ。ダメだと言うと、孫とも遊んでもらえない。何とか直紀を出してもらえないか」
「おやっさん、次の選挙では命がけで戦い、田中直紀君と一緒にバッジをつけて、登院します」
 オレは意気に感じてそう答えた。選挙戦では自分のことそっちのけで直紀君の選挙区に入り、戦ったよ。そのかいあって、直紀君は初当選した。
 感心したのは自分のプライベートなことを頼む時はチンピラのオレでさえ自宅へ通した、オヤジのケジメの付け方だ。他の人物なら、事務所で「オイ、渡部、頼むよ」で済ませるかもしれない。
 田中角栄という政治家は金権政治家だと批判されることもある。だが、カネも使ったが、常に心が通っていた。今の政治家は自分が当選することしか考えていない、スケールの小さい連中ばかりだ。しかし、オヤジは違ったな。10年後、100年後の日本を考え、そのために必要なことを用意周到に考え、準備していた。
 そんな政治家はもう希有と言える。つくづく残念だよ。

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