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記事全文を読む→85年の菊池桃子と南野陽子(3)四十路を越えてなお輝きを失わない2人
「あれじゃ学芸会になっちゃうぞ!」
映画のプロデューサーは阿部の起用に反対したが、佐藤は監督として譲らなかった。演技経験はないが、素直な性格と恵まれた容姿は「買い」だと思った。
「ただ、撮影に入ったら緊張のあまり、どんどん顔が痩せてゆくんだ。映画にはつながりというものがあるから、とにかく食べて同じ状態をキープしろと言ったよ」
ナンノは「スケバン刑事」(87年、東映)の劇場版に続き、2作目の主演である。ドラマも含めて場数を踏んでいるため、監督も阿部への指導に時間を割くことになった。
「すると彼女はちょっと嫉妬してイライラすることはあったね。聞いていたほどわがままじゃなかったけど、やっぱり“我の張り合い”は、監督と主演女優には少なからずあるよ」
わずかな衝突はあったが、撮影の最終日にナンノが目に涙をためていたことは、今も佐藤にとって忘れ得ぬシーンである。
そんなナンノの出発点は歌手であり、デビュー曲「恥ずかしすぎて」は85年6月23日、18歳の誕生日に発売された。担当ディレクターだった吉田格は、歌手としてのコンセプトをこのように決めた。
「85年は菊池桃子や斉藤由貴など『お嬢さんアイドルブーム』が華やかでした。ナンノも神戸の松蔭高校に通っていた本物のお嬢さんでしたから、そんな日常を歌の世界に投影したかった。ユーミンや竹内まりやのアイドル版で、彼女が自転車で坂道を上って通学したり、学校帰りにはどこに寄るかというような詞を、彼女のレポートをもとに作詞家に依頼しました」
吉田の耳にも、決して歌がうまいとは思えなかった。ただ、不思議と声に表情があり、それは「やわらかい音色」として人々の耳に残る。ドラマの「スケバン刑事」は奇想天外な世界だが、歌ではリアルな感情を第一としたい。
そして6作目の「楽園のDoor」(87年1月)から7作連続でチャートの1位を獲得するが、とりわけ吉田は「話しかけたかった」(87年4月)に思い入れが強い。
「あれはユーミンの『Destiny』の“本歌取り”と言えます。安いサンダルをはいていたために好きな人を追えなかったというユーミンの歌詞ですが、同様に、その日に限って髪がハネていたため好きな人に話しかけられない。気がついたらその人には彼女がいて‥‥という悲恋のエピソードです」
初めて歌ったメジャー調のメロディであったが、ナンノ流の「せつなさ」が完成された楽曲である。
一時、歌を休止していたことから世間的には女優のイメージが強いが、実は歌手であることを第一としている。昨年には西村知美、森口博子との元アイドルユニットも結成したが、実は菊池桃子に打診していたと吉田は言う。
「残念ながら桃子さんが『もう人前で歌うのは無理だなあ』というお返事でしたので断念しました」
ただし、今年5月4日、桃子の誕生日には2人だけのラジオ特番を実現させている。四十路を越えてなお輝きを失わない2人の番組名は「キラキラウーマン白書」であった──。
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