「第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の最大の被害者は、オリックスかもしれない。WBCは決勝でベネズエラが3-2でアメリカに勝利し、初優勝を飾った。ベネズエラ国内では優勝を祝うため、翌日を国の祝日にするなど大盛り上がりだった...
記事全文を読む→デーブ大久保が語る“平成の大エース”斎藤雅樹が200勝できなかった理由
“平成の大エース”と言えば、読売ジャイアンツの斎藤雅樹を思い浮かべる人も多いだろう。1989年・90年、2年連続20勝の最多勝に輝き、最多勝計5回、最優秀防御率3回、最多奪三振1回、沢村栄治賞にも3回輝くなど、まさしく球界のエースだった。しかし、18年間の現役生活の中で勝ち数は180にとどまっており、意外にも名球会入りは果たしていない。
そんな斎藤とバッテリーを組んだ経験のある大久保博元が、YouTubeチャンネル「デーブ大久保チャンネル」で、7月1日に「【最強のエースは誰だ!?】ベストナイン投手編!デーブ現役時代のナンバーワンピッチャーを発表」を投稿。斎藤が200勝達成できなかった原因を明かしている。
同回は、大久保が現役時代に最強だと思われるピッチャーは誰かを論じる内容だったが、迷う様子もなく斎藤を一番と推した。大久保は1992年途中に西武ライオンズから読売ジャイアンツに移籍、95年までマスクをかぶっている。大久保が現役を退く事になったこの年、2年ぶりの開幕戦捕手として出場し斎藤の2年連続開幕戦完封勝利に貢献もしている。
その大久保は斎藤の球を受けていて、「誰もこの人を打てないだろう」と感じていたそうで、ストレート、大きく曲がるカーブ、小さなカーブ、スライダーの少ない球種で勝ち星をあげていった稀有なピッチャーだったと評した。そんな斎藤に「本当は楽に200勝していい人」と大久保。しかし、チームのために酷使してくれるピッチャーであったと語っている通り、完投が期待された斎藤は最多勝にも輝いた89年に11試合連続完投勝利といった日本記録を樹立したものの、それゆえに肩を壊してしまい、いまだにキャッチボールすらできないのだという。
名球会入りは名誉なことだろうが、斎藤がマウンドに立った時の安心感や、1試合を通して渾身の力を込めて投げ切る斎藤の姿は今もファンの記憶に焼き付いている。2年連続で20勝あげた投手がその後現れていないことからも、いかに斎藤が偉大であったかをあらためて思い知る良回であった。(ユーチューブライター・所ひで)
アサ芸チョイス
スマホの通知に追われる日常から、少し距離を置く。そんな「デジタルデトックス」では、若者が編み物や日記、フィルムカメラといったアナログ趣味にハマるケースが報告されているが、この流れは中年層にもじわじわと波及している。その背景にあるのは、仕事で...
記事全文を読む→3月17日の明治学院大学白金キャンパスは、卒業式に出席したスーツ姿の男子学生や袴姿の女子学生で華やいでいた。その中でも、花柄ベージュ色の袴でひときわ目を引いていたのが、元「モーニング娘。」の北川莉央である。アイドルウォッチャーが解説する。「...
記事全文を読む→4月29日公開予定の映画「SAKAMOTO DAYS」。原作は「週刊少年ジャンプ」で連載中の鈴木祐斗による漫画で、ストーリーは次のような感じだ。「かつて伝説の殺し屋として恐れられていた男・坂本太郎は、ある女性に恋したことを機に殺し屋を引退。...
記事全文を読む→

