政治
Posted on 2020年08月13日 09:55

歴代総理の胆力「菅直人」(2)「やはり野に置け」の“闘将”か

2020年08月13日 09:55

 政権発足から半年の平成22(2010)年の年末には、さすが党内外から「菅政権はすでに末期」との声が挙がり始めた。なるほど、年明けての通常国会召集を待つかのように、菅を見限った民主党内衆院議員16人が離党届を提出、この「民主の乱」すなわち倒閣運動のバックには、幹事長切りをされた小沢一郎の遺恨があったとも言われた。

 ところが、具体的な「菅降ろし」勃発寸前にかの3月11日には「東日本大震災」があり、TPP問題など他の政策論争はすべて震災対策に集中されたことで「政治休戦」となり、とりあえずは菅も土俵際で踏ん張ることができた。

 ところが、ここで菅がまたまた露呈させたのが危機管理能力の欠如だった。当時の官邸詰め記者の証言が残っている。

「ここで菅は、民主党だけで震災対策をやり、反転攻勢のキッカケとしたかったようだ。しかし、危機管理戦略などは、まったく示せなかった。菅は復旧の最高司令官だが、震災から数時間後には目がうつろになっていたくらいだった。

 とくに福島第一原発事故の対応では、電話で現地を怒鳴りつけるだけの『イラ菅』でしかなかった。ついには、『将来は脱原発』として、党のエネルギー政策の大転換を表明してしまった。しかし、その実現のための具体的政治プロセス、電力供給の見通しなどはまったく示されておらず、ポピュリズム(大衆迎合主義)の印象のみが残った」

 時に総理と一体のハズの仙谷由人官房長官もさすがにアキレ、菅へ情報をほとんど入れなくなっていたとも言われていた。また、霞ヶ関の各省庁次官クラスはまったく寄り付かず、この大緊急時に官邸での菅総理への来客者が、3時間半もゼロという異常事態もあったのだった。こうした経緯の中で、大震災発災3カ月後の通常国会会期末近くになって、ついに退陣表明を余儀なくされたのだった。

 野党では“闘将”ぶりを発揮したものの、トップリーダーの座は荷が重かったようだ。

「やはり野に置けレンゲ草」ということかも知れない。

■菅直人の略歴

昭和21(1946)年10月10日、山口県宇部市生まれ。東京工業大学理学部卒業後、弁理士となる。昭和55(1980)6月、衆議院議員初当選。平成8(1996)年、厚相として薬害エイズ事件に対応した。平成22(2010)年6月、民主党代表。内閣組織。総理就任時63歳。現在73歳。

総理大臣歴:第94代 2010年6月8日~2011年9月2日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

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