連れ合いの従姉Aさんが小脳と大脳の出血で倒れたのは、昨年3月のことだ。帰宅途中に体調が悪くなったので、必死の思いで自力で救急車を呼び、一命を取り留めることができたが、一時は生命の危機が迫る事態だった。お見舞いに行こうと思っていたのだが、コロ...
記事全文を読む→東尾修「日本人投手初の1億円プレーヤー」称号を得た仰天“裏交渉”
1月14日、巨人の菅野智之が8億円で契約更改を行った。これまで日本人最高年俸だった佐々木主浩氏(当時は横浜ベイスターズ)の6億5000万を上回り世間を驚かせたが、振り返って、ピッチャーで初の1億円プレーヤーとなった選手をご記憶にあるだろうか?
それは西武ライオンズで活躍した東尾修氏であり、1986年、日本シリーズで優勝した後の契約更改だったのだが、1億円到達には意外な裏交渉があったようだ。
名球会が運営する公式YouTubeチャンネル「日本プロ野球名球会チャンネル」の1月15日投稿回を観てみよう。
日本人初の1億円プレーヤーは落合博満氏である。ロッテから中日ドラゴンズに移籍した際に、1億3000万円にしている。優勝旅行のハワイから帰国した東尾氏は「よし!俺も1億円!」と気合を入れて交渉に臨んだようだ。
ところが、球団の提示は9500万円だったそうで、なかなか1億円に応じてもらえなった。そこで東尾氏は、500万円の身銭を切るから、表向き1億円にするよう、球団に驚きの交渉をしたのだと言う。
もっとも、それが口に出来たのは、当時球団社長だった坂井保之氏が、東尾氏の仲人だった縁もあったようで、根負けした坂井氏がオーナーに説得。「OKが出たんです!」と、東尾氏はダメもとが功を奏したと笑いを交えて振り返ったのだった。
東尾氏が1億円に到達したのはプロ18年目のシーズン終了時点である。その前年には200勝をあげ名球会入り、さらには75年と83年に最多勝利のタイトルにも輝いている。時代が違えば、とっくに1億円プレーヤーになっていてもおかしくなかったかもしれない…。(ユーチューブライター・所ひで)
アサ芸チョイス
昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...
記事全文を読む→鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...
記事全文を読む→今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...
記事全文を読む→

