太陽系のように、太陽の近くには水星や地球のような小柄な岩石惑星があり、遠くには木星や土星のような巨大なガス惑星が鎮座する。これまでは、これが宇宙の普遍的なルール、いわば「銀河の交通整理」だと信じられてきた。ところが今年4月、ESA(欧州宇宙...
記事全文を読む→“日本のリバプール”博多スーパースター列伝<最終回>甲斐バンド(2)
西田四郎が甲斐の存在を知ったのは、チューリップの財津和夫から渡された1本のテープである。そして財津は告げた。
「すぐにウチと契約したほうがいいよ」
甲斐の獲得を巡っては、吉田拓郎やかぐや姫を擁した「ユイ音楽工房」も名乗りを上げた。それを「シンコー・ミュージック」が制したのは、西田は自分の才覚と思ったが、やはり博多の先輩である財津の存在が大きかったようだ。
そんな甲斐と西田が初めて顔を合わせた日、年上に向かって「これが西田四郎か」と呼び捨てたのはファンの間では有名な話だ。
「全然、驚かなかったよ。あいつらしいなと思った。セルフプロデュース力を持っていたし、甲斐を前面に出すことがバンドを売ることだと思ったよ」
当初は「甲斐よしひろバンド」にしたいと思っていた。その頃、「太陽にほえろ!」のテーマを手掛けた井上堯之バンドが台頭したこともあってだが、最終的には、より緊張感を持った響きの「甲斐バンド」に着地する。
さらに西田が考案したキャッチコピーは、業界中に波紋を呼ぶ。
〈九州最後のスーパー・スター〉
陽水やチューリップの成功以降、音楽業界の目が博多を中心とした九州に向けられたのは事実だが、西田は「歌謡畑の小柳ルミ子まで同列にくくられること」に我慢がならなかった。
「だから『九州最後』って言い切っちゃったんです。ただ、KBCの岸川さんには『これはないぞ、これで打ち止めかい?』って怒られましたね」
上京した甲斐、長岡、ギターの大森信和、ドラムの松藤英男は、高円寺の2LDKのアパートで共同生活を送る。夜中にギターを弾いて曲を作ったり、それぞれのアイデアを出し合ったり、とてもまとまっていたと長岡は言う。
博多から出てきた若者が東京で価値観の違いや新たな人間関係にぶつかる。その葛藤から曲が生まれ、詞を書く。長岡は、当時の甲斐が書く「もろさもすべてさらけ出した歌詞」がとても好きだった。
74年11月5日、待望のデビュー曲である「バス通り」は、最高位65位の売上げ。新人バンドとしては及第点だが、事務所の総帥である草野昌一には、成功のうちに入っていないという態度を取られた。
甲斐は一念発起し、甘酸っぱいフォーク調のデビュー曲とは違うハードなタッチの「裏切りの街角」(75年6月)を書いたが──、
「これは‥‥売れないな」
長岡は、試聴した草野の一言を忘れない。
「冗談じゃないってメンバーもマネジャーも燃えに燃えた。俺たちの手で、これは絶対に売ってみせようと誓い合った」
1日も休まずキャンペーンやコンサートに走り回り、やがて「裏切りの街角」は長い時間をかけてチャートの7位まで上昇。その後、しばらくはシングルヒットに恵まれなかったものの、アルバムセールスとライブ動員には定評があった。
「俺たちは日本初のスタジアムバンドになるんだ!」
当時のメンバーに口ぐせのように言っていたと、筆者は甲斐自身から聞かされたことがある。
アサ芸チョイス
AIは本当に人類を終わらせるのか。専門家のとある主張が世界を震撼させている。その「AI終末論」は、AI開発企業アンソロピックに勤めていた元研究員、ジェイコブ・コクソン氏によるもの。Xで「AI研究関係者の多くが、AIは今後10年以内に人類を破...
記事全文を読む→「ゾンビたばこ」と呼ばれる指定薬物「エトミデート」は、広島カープに大きな衝撃を与えた忌まわしいブツだ。元広島カープの羽月隆太郎氏にこれを譲り渡したとして医薬品医療機器法違反の罪に問われた会社役員・滝口涼介被告の初公判が9月16日に広島地裁で...
記事全文を読む→20世紀最大級のミステリーと言われてきた、イギリス・スコットランドのネス湖に生息するという未確認動物(UMA)の「ネッシー」に、再び熱い視線が注がれている。いったいなぜか。一時期は目撃情報が激減し、専門家からは死亡説や、人間の活動を警戒して...
記事全文を読む→

