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記事全文を読む→タモリを唸らせた「安全地帯と井上陽水」共演ライブで生まれた名曲/日本音楽シーン「名作裏面史」
昨年末の「第73回NHK紅白歌合戦」に、37年ぶりに出場した玉置浩二率いる安全地帯。ステージでは、玉置の生ギターによる「メロディー」に続き、往年のヒット曲「I Love Youからはじめよう」を披露。終盤には12月17日に亡くなった元メンバー、田中裕二さん(dr)へ思いが届けとばかりに、玉置が拳を突き上げるシーンもあり、メンバー、ファンともに感慨深いステージとなった。
安全地帯は、73年に玉置とギタリストの武沢豊が中心になり、北海道旭川市で結成。数々のコンテストに入賞するなど、北海道では実力No.1のアマチュアバンドとして知られていたが、なかなかデビューの機会に恵まれず。結果、彼らがキティ・レコード(現ユニバーサル・ミュージック)と仮契約を交わしたのは、80年代に入ってからだった。
だが、結成7年という歴史は嘘をつかなかった。元モップスのギタリストで、当時、井上陽水の編曲を手掛けていた星勝の目に留まった彼らは同氏を介し、陽水と対面。すると、安全地帯の中に幅広い音楽性を見た陽水は、彼らへ上京するよう促し、81年夏から始まった「'81井上陽水ツアー I CALL YOUR NAME」に、バックバンドとして大抜擢した。それが安全地帯の存在をメジャーな世界へ引き上げたことは、よく知られる話だ。
その後も、陽水のツアーにバックバンドとして同行した彼らは83年、陽水から楽曲提供を受けた「ワインレッドの心」(作曲:玉置浩二)で大ブレイク。さらに84年には、共作の「恋の予感」も大ヒットした。
そうして音楽的交流を深めていった両者が86年8月、神宮球場で開催されたジョイントコンサート「STARDUST RENDEZ-VOUS」で初めて披露したのが、のちにタモリをして「すごい贅沢。横でこうやって2人の歌聴きながらビールを飲めるっていうのは。芸能人になってよかったなぁって感じするよねぇ、ほんとに」と言わしめた名曲「夏の終りのハーモニー」(作詞:井上、作曲:玉置)だったのである。
しかし当初、陽水は「それぞれが自立して活動できる状態にある中、あえてジョイントコンサートをする必要があるのか」と、コンサートそのものに難色を示していたのだとか。それをキティ代表の多賀英典氏が、必死に説得。結果、2人により、スペシャルイベントにふさわしい新曲として「夏の終りのハーモニー」は誕生した。つまり、このコンサートがなければ、この曲が世に出されることはなかったということである。
その後、同曲は改めてレコーディングされ、86年11月、安全地帯の12枚目のシングルとして、オリコンでは最高6位に輝いた。ただ、2人でこの曲を歌う機会は極めて少ないため、現在もファンにとっては、幻の楽曲となっている。
(山川敦司)
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