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記事全文を読む→「口説いてるんだけどスキがない」吉田拓郎と浅田美代子「離婚」の陰にいた女優/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
東急田園都市線の某駅からタクシーに乗り「吉田拓郎の家まで」と言うと、当時はほぼ間違いなく連れていってくれたものだ。
1983年6月、私はくだんの駅からタクシーで吉田邸を訪ねた。当時、吉田は女優の浅田美代子と再婚して6年目。だが、週刊誌に現在の妻である森下愛子との不貞が報じられ、「まあ、男と女だから、行く先はわからないよ」と答えた。そこで私は吉田本人に真意を確かめるため、この日の来訪となったのだ。
邸宅は小高い丘の上にあった。この日で吉田邸を訪問するのは3度目。うち2度はいずれも留守で、深夜まで家の明かりが灯ることはなかった。それが夫婦の別居を物語っているように思えた。
無駄足を覚悟して自宅前でタクシーを降り、玄関のベルを押す。すると「あれっ、タクシー帰しちゃったの?」。なんと、吉田が玄関先まで出てきた。私が乗ってきたタクシーを自分が呼んでいた車と勘違いしたらしい。吉田には申し訳ないが、こちらにしてみれば「飛んで火にいる…」である。
名刺を出し、来訪の意図を告げた。すると彼は苦笑いしながら、
「ま、お互い、いい大人だからさ、いいんじゃないの。別居? いや、それはないよ。俺はコンサートのリハーサルで都内のホテルに泊まることはあるけど、カミさんは帰ってきてるでしょ。えっ、2度来たけど留守だった? 友達の所にでも行っていたんじゃないかなぁ」
──(森下とは)よくお酒もご一緒されるのだとか…。
「口説いてるんだけど、彼女、スキがないんだよ(笑)」
──美代子夫人には、今回の不貞騒動をどのように説明されているんですか。
「飲みに行っていることは知ってるんじゃないの。ただ、誰とどこへ飲みに行ったなんて話、いちいちしないでしょ。あんただって、そうだろ」
しばらく、こんなやり取りが続いただろうか。タイミングよく迎えのタクシーが到着した。「ま、離婚なんかしないからさ。うまく書いてよ! よろしく」
吉田はそう言うと、車中に消えていった。だが、直撃から1年後の1984年8月、結局、夫妻は正式に離婚。私の来訪時、浅田はすでに六本木のマンションで別居生活を送っていたのだ。
離婚発表の記者会見にひとりで臨んだ吉田は、こう語った。
「離婚しないですむ方法はないかと、真剣に話し合った。いい家もあるし、いい女房もいる。不満はないはずなのに、結局わがままなんですよ。でも、森下さんは関係ないです」
しかし、離婚から2年後の1986年12月、吉田は森下と再々婚。ただその後、吉田が女性問題で記者の直撃取材を受けることがなくなったところをみると、彼にとって森下が最良の伴侶だったことは間違いない。
山川敦司(やまかわ・あつし):1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
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