11月に入り、朝晩の冷え込みが一段と身に染みるようになると、仕事帰りの赤提灯や大衆酒場で恋しくなるのが、湯気立ち上る燗酒だ。夏場の冷酒一辺倒から温かい日本酒へシフトする左党が増える時期だが、暖簾をくぐって開口一番「とりあえず熱燗で!」と大雑...
記事全文を読む→銀座クラブ狼藉だけじゃない…香川照之が心の傷を負わせた「もうひとりの女性」/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
「デイリー新潮」が香川照之の性加害スキャンダルを報じたのは、22年8月24日だった。記事によれば、香川は19年、銀座のクラブに勤務するホステスの胸を触るなどして、被害女性がPTSD(心的外傷性ストレス障害)を発症。結果、クラブ責任者に対し、ホステスが損賠賠償請求を求める訴訟に発展する(その後、訴えを取り下げ)経緯などが詳細に報じられていた。
報道を受けて翌25日、所属事務所が謝罪コメントを発表するも、事態を重く見たトヨタなど大手スポンサーはCM放送の中止を決定。さらにレギュラー番組も降板し、表舞台から姿を消すことになった。
この問題で、被害女性が心にどれほを大きな傷を負ったかは想像に難くないが、実はもうひとり、香川の独裁的な言動で心に傷を負い、離婚に踏み切ったとされる女性がいる。元妻のAさんだ。
CAだったAさんと香川は、95年に結婚。当時はまだ東大卒というプロフィールが話題になる程度の中堅俳優だったが、その後メキメキと頭角を現し、演技派としての地位を確立していった。だが、私生活では激動の日々が続く。
というのも、香川は幼い頃から母で女優の浜木綿子に女手ひとつで育てられ、父で歌舞伎俳優の市川猿翁とは長年にわたり冷戦状態だった。ところが11年に猿翁が脳梗塞で倒れたことを機に、電撃和解。すると夫人に何の相談なく、父親を自宅に同居させたのだという。
「さらに、香川は自分が果たせなかった『市川猿之助』の大名跡を長男に継がせるため、長男を歌舞伎俳優としてデビューさせ、おまけに自身も歌舞伎デビュー。その結果、Aさんには突然、梨園の妻と義父の介護という重責がのしかかることになった。しかも多忙な香川に代わり、Aさんが全てに対応しなければならず、徐々に2人の関係が悪化していったと言われています」(ワイドショーデスク)
そんな2人が21年間の結婚生活にピリオドを打ったのは、2016年12月12日。一部スポーツ紙の報道を受け、12月14日夜に東京・歌舞伎座の楽屋口で報道陣の囲み取材に答えた香川は、
「経緯も含め、離婚したという事実以外は何も語らない、ということを約束していますので」
として詳細については明言を避け、
「ひとえに私の力不足です。お騒がせしてしまったことを、深くお詫び申し上げます」
だが、前出のワイドショーデスクが言うには、
「離婚を抜いたスポーツ報知によれば、香川はこの6年間、ドラマ・映画・歌舞伎で全く休みがなかったとあります。好んで歌舞伎役者の妻になったならまだしも、ある日突然、専業主婦だった女性が梨園の妻になり、義父の介護まで担うことになった。にもかかわらず、多忙な夫は6年間も休みなし。夫人の心が折れるのは時間の問題だったのかもしれません」
仕事での名声を選んだ香川にとって、その代償はあまりにも大きかったのである。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
アサ芸チョイス
脳梗塞で療養中だった伊達みきお(サンドウィッチマン)が、10月31日の「サンドウィッチマンザ・ラジオショーサタデー」(ニッポン放送)で、2カ月ぶりに復帰した。「さあ、時刻はお昼の1時を回りました。こんにちは。サンドウィッチマンの伊達みきおで...
記事全文を読む→泉ピン子が訴えられた。映画製作会社「HumanPictures」が11月3日、所属監督の映画「AYUMI」と「養父」に出演したピン子に対し、損害賠償を求め2日付で東京地裁に提訴したと、公式Xで公表したのだ。問題が発生したのは、10月23日に...
記事全文を読む→毎日のように見聞きする「不正アクセスによる情報漏洩」のニュース。もはや情報漏洩していない企業のほうが珍しいんじゃないのってくらいだし、それどころか官公庁にまで被害は及んでいる。三菱UFJフィナンシャル・グループが、2027年3月までの開業を...
記事全文を読む→

