政治
Posted on 2025年08月04日 06:00

前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~大使たちの夏休み~

2025年08月04日 06:00

 夏が来れば思い出す♬のは、尾瀬だけに限られない。外交官時代に重ねた旅の数々だ。

 拙著「日本外交の劣化」で記したとおり、入省したての頃、上司であった課長から受けた訓示を今も覚えている。

「喧嘩をせよ、恋をせよ」

 その教えを受け、いずれの国に赴任しようとも、長い休みには「恋」をすべく任国を旅して回った。むろん、自らハニートラップを求めて放浪したわけではない(笑)。その国の地理、歴史、風土、そして人々の生活、慣習、気質について少しでも理解を深めるべく、できるだけ多くの地に足を運ぶよう努めたのだ。

 これは日本の外交官だけに限られない。幕末の日本に滞在した英国のアーネスト・サトウや、冷戦期に対ソ戦略を主導した米国のジョージ・ケナンといった著名な外交官の回想録を読んでも、共通にうかがえる行動形態なのだ。

 ところが、駐豪大使としてキャンベラに赴任している間、そうした古き良き外交官の振る舞いが廃れてきているのではないかとの感慨を抱いた。というのも、南半球での7~8月は真冬。さして寒くならないオーストラリアであっても、欧米諸国の大使は任地から長期間、場合によってはひと月からふた月も離れ、自国に一時帰国して夏のバカンスを楽しむのが常態となっていたからだ。
 
 東京の後にキャンベラに赴任した米国大使のキャロライン・ケネディも例外ではなかった。新婚旅行で豪州に来たとの触れ込みはあったものの、長期休暇はアメリカで過ごし、不在の時期の方が長い印象を周囲に与えていた。

 どの国の大使であろうが、大使を務める年齢になれば、子供の教育、親の介護などの難題を抱えているものだ。そうした問題に休暇を利用して対処すべく本国に戻らなければならない事情は容易に想像がつく。また、生活条件が厳しい途上国や戦乱に見舞われている国であれば、自らの肉体・精神衛生上の健康を保つためにも休暇は不可欠だ。

 同時に、当然のように長く任地を離れる行動様式が任国にどういう印象を与えるかという点に、外交官たる者はもう少し敏感であっていいように思う。

 率直に言って、私の周りのオーストラリア人は、多くの大使連中がキャンベラを長期留守にする傾向を快く思っていなかったようだ。豪州人にとっての長期休暇はむしろ12月のクリスマス前後から1月末にかけてだ。そうしたローカルの慣行とは異なった時期に居なくて仕事になるのか、という感じが持たれていた。もっと言えば、豪州を軽視しているのか、物見遊山で赴任したのかという厳しい指摘だ。

 駐豪大使時代に私が親しく付き合っていた北欧の仕事熱心な大使は、こうした欧米諸国の同僚大使を「旅行者」(トラベラー)と呼んで軽んじていた。

 こうした空気を敏感に感じた私は、東京での大使会議や財界人との経済会議以外は任期中に日本に帰国しないことに決めていた。所詮は2~3年の短い任期。回るべきところ、見るべきものは山とある。そんな意気込みを持って、余人が足を延ばさないトレス海峡の木曜島やシドニーからパースまでの大陸横断鉄道の旅を含め、豪州全土を駆け回った。豪州人の心の琴線に触れたと聞かされた。Xでの発信と相俟って、「今度の日本大使はオーストラリアが好きなんだ」という印象を強く与えた模様だ。

 駐日大使を見ても、ジョージアやリトアニアの大使は同様の印象を日本人に与えることに成功したからこそ、日本社会から温かく受け入れられているのではないだろうか?

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年駐豪大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)等がある。

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