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記事全文を読む→春風亭一之輔「師匠を選んだのは優しそうだから」/テリー伊藤対談(3)
テリー じゃあ、ちゃんと落語をやってみようと思ったのはその頃?
一之輔 そうですね。高校に落研の部室があって、先生に聞いたら「もう20年ぐらい誰もいないけど、やりたいならやっていいよ」って言われたんですよ。そこに落語のテープがたくさんあって、それ聴いて、いろいろ覚えましたね。
テリー 高校を卒業してすぐ落語家になろうとは?
一之輔 なりたかったんですけど、親に言ったら止められまして、それで一浪して日芸(日本大学芸術学部)に入ったんです。そしたら落研があったんで、定石どおりに入ったというか。でも、大学の4年間は「ずっと落語家になりてぇな」と思いながら、酒飲んだり、ボーッとしたり、モラトリアムみたいな期間でしたね。
テリー それが何で春風亭一朝(いっちょう)師匠のところに?
一之輔 僕らの頃は就職氷河期の底の底で。でも、変に楽観的で「何とかなるだろう」と思いながら卒業式を迎えたんですね。で、そろそろ決めなきゃいけないなと考えたら、「やっぱり落語しかできないだろう」と。それで卒業式の翌日にうちの師匠のところに行ったんです。
テリー 一朝師匠の決め手は何だったんですか。
一之輔 ルックスが優しそう。
テリー アハハハハ、なるほど。大事ですね。
一之輔 大事です。おっかない人はたいてい顔もおっかないんですよ。うちの師匠は「この人、たぶん優しいだろうな」と思ったら、ほんとに優しかった。優しいっていうか、ほったらかしに近い(笑)。
テリー とはいえ、修業時代は大変なんでしょう?
一之輔 いや、僕は師匠の家の掃除とか、いわゆる修業というのはしてないんですよ。「そんな暇があったら、映画や芝居を見たり、三味線のお稽古とか、やることはいっぱいある」という師匠だったんで。
テリー ああ、ほんとにいい師匠ですね。で、その時代が?
一之輔 僕は見習い期間は2カ月ぐらいです。その後、前座になれたので。前座は3年半ぐらいでしたけど。
テリー でも、それって短いですよね。確か真打になったのもすごく早くて。
一之輔 11年ですね。
テリー 早いですよね?
一之輔 それは早いです。
テリー 食えるようになったのも早かったですか。
一之輔 何となく食えるようになったのは二ツ目になって3年ぐらいですかね。カミさんの稼ぎに頼らなくても済むようになって。
テリー いくつで結婚されたんですか。
一之輔 二ツ目になってすぐ、27の時です。すぐ子供が生まれて、ほとんどカミさんが働いて。僕は子供のベビーカーを押しながら散歩したり、公園で稽古したり。それが3年ぐらいで、何となく仕事増えてきたんすよ。
テリー 落語家になって、色々な先輩を見るじゃないですか。最初の頃、誰みたいになりたいとかはあったんですか。
一之輔 僕はそんなに陽の当たらない芸人が好きなんですよね。僕らの世代で落語家になろうなんていう人間は、コツコツやって、古典落語を自分なりにやるっていうポジションの人が好きなんでしょうね。
テリー 笑点って花形じゃないですか。そうすると笑点を見て落語家になりたいっていう人は、そんなにいないんですか。
一之輔 今はいないと思いますね。たぶん、ここ30年ぐらいは、古典落語が好きな、ちょっとマニアックな落研上がりっていうのが多いと思います。
テリー オタク気質?
一之輔 そうですね。だから、つまんない人間が多いかもしれないですね。
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