大型連休を目前に控え、旅行やレジャーの計画に胸を躍らせる時期がやってきた。かつてのゴールデンウィークといえば、家族連れの行楽や帰省ラッシュが風物詩だったが、令和の今はその常識が塗り替えられつつある。近年、若い世代の間で「ソロ活」は一過性のブ...
記事全文を読む→ドゥンガ、スキラッチ、スコラーリ監督…ジュビロ磐田全盛期の外国人「クセ強すぎ秘話」
1997年から2002年までに3度のリーグ優勝に輝き、全盛期を築いたジュビロ磐田。それに貢献したのがブラジルのドゥンガやイタリアのスキラッチ、ルイス・フェリペ・スコラーリ監督といった世界的な外国人たち。実力はあったが個性的だったことを、当時チームメイトだった服部年宏氏が明らかにした。
前園真聖氏のYouTubeチャンネルに出演した服部氏は、ジュビロ磐田の全盛期を「めちゃくちゃ楽しかった」と振り返り、外国人との思い出を語った。
02年のW杯日韓大会でブラジルの監督を務め優勝に導いたスコラーリは、ジュビロをわずか4カ月で常勝軍団となる基礎を築いた名将。ところが指導は一風変わったもので、
「奥大介がタックルを受けて倒れずに頑張ったら、『倒れろ』といって、転び方の練習をさせられた」
と服部氏。
94年から97年まで磐田でプレーしたスキラッチもすごかったという。
「一般道を高速道路のようなスピードで走る。運転がめちゃくちゃ荒かった。試合に負けても自分が1ゴールすれば『大丈夫。1ゴールした』と言っていた。さすがW杯の得点王だなと思った」
ジュビロの外国人選手といえば、ブラジルがW杯優勝した94年のアメリカ大会でキャプテンを務めたドゥンガが挙げられるが、鬼軍曹は意外にも真面目だったという。そのため、こんなエピソードがあると服部氏。
「アウェーの試合で前泊した時、翌日はナイターなので夜遅くまでカードをすることがあった。ドゥンガと同じ部屋だったので、夜中の2時ごろ部屋に戻るのだが、ドゥンガは部屋を真っ暗にして寝ている。起こさないようにそーっと入らないといけなかった」
鬼軍曹と呼ばれたドゥンガにはよく怒られたが、おかげでたくましくなり、感謝しかないと服部氏は振り返った。
最後に話はジュビロ磐田から外れて、日本代表の指揮を取ったフィリップ・トルシエ監督になると服部氏は、
「あいつら、あいつらじゃないわ(笑)、あの人、あの方は我々をプロとして扱わなかった。子供を扱うようにわざとやった。高圧的。マスコミがいる時といない時で違う。福西(崇史)は『出ていけ』と言われた。監督としてすごいとは思うが、あれはないんじゃないかなとも思う」
と話し、今もトルシエ監督に対して怒っていることがうかがえた。クセが強いからこそ、厳しい世界で結果を残せたということだろう。
(鈴木誠)
アサ芸チョイス
3月から4月にかけて、地方などの首長選で自民党推薦候補が相次いで敗北している。高市内閣が依然として高い支持率を保つのに、だ。PR会社関係者が明かす。「4月12日の東京・練馬区長選では自民などが推薦し、小池百合子都知事も支援した前都議が圧勝す...
記事全文を読む→まさに「泣きっ面に蜂」である。ほかでもない、「後発地震」と「山林火災」と「クマ出没」という、未曽有の「三重苦」に見舞われている岩手県大槌町の被害実態だ。町民の心胆を寒からしめているコトの次第を、時系列に沿って追ってみると…。三陸のリアス式海...
記事全文を読む→中国で今、国防の要となるエリート科学者たちが、まるで示し合わせたかのように次々と謎の死を遂げている。公表されているだけでも、その数は9人。死亡者の年齢は26歳から68歳までと広いが、中国メディアやSNSでは「深夜の交通事故」など、その死亡原...
記事全文を読む→

